2008.08.18
スカイフィッシュ
「音楽にしても何にしても、自分の枠を作っちゃってそれ以外は受け付けない、というのはもったいないと思うわけです。自分は枠を越えてみることが大事だと思います。幅広く音楽を聴いたほうが得るものが多いしね。」
っていうの流行ってんのかなぁ。
枠は越えるもんじゃなく広げるもんです。
自分が何が好きかはおいといて、何が嫌いかは知っておくべきだと思う。
何が嫌いかわかったら何が好きか何となくわかってくると思う。
とりあえず何でも許容したい、という最近の若者に顕著な「自分は寛容な心の持ち主ですアピール」としか思えない変な心構えは、かなりバカに見えるよ。
何でもかんでも好きになろうだなんて、悪いことではないかも知れないけど必ずしもいいこととも限らない。
で何が言いたかったって、こだわりたいんだな僕は。
何なんだこの口調。
要するにロックンロール以外は大したことじゃない。
ロックンロール以外は
ヘイ!ヘイヘイ!ヘイ!ヘイヘイ!
ってこと。
スカイフィッシュ!
っていうの流行ってんのかなぁ。
枠は越えるもんじゃなく広げるもんです。
自分が何が好きかはおいといて、何が嫌いかは知っておくべきだと思う。
何が嫌いかわかったら何が好きか何となくわかってくると思う。
とりあえず何でも許容したい、という最近の若者に顕著な「自分は寛容な心の持ち主ですアピール」としか思えない変な心構えは、かなりバカに見えるよ。
何でもかんでも好きになろうだなんて、悪いことではないかも知れないけど必ずしもいいこととも限らない。
で何が言いたかったって、こだわりたいんだな僕は。
何なんだこの口調。
要するにロックンロール以外は大したことじゃない。
ロックンロール以外は
ヘイ!ヘイヘイ!ヘイ!ヘイヘイ!
ってこと。
スカイフィッシュ!
2008.08.16
2008.08.13
旅の準備とか

手前はスーツケース、奥のはベースケース。
左側のはバックパック。
とりあえず衣服だけつめてみた。
衝撃吸収のため、ベースケースにも衣服をつめているから、意外とスーツケースにはスペースが出来た。
下着などは多くても5日分くらいしか持っていかない。
向こうで、水洗いでもいいから洗うつもり。
渡英まであと18日…
クレジットカードだけでは心配なので、国際キャッシュカードの申し込みをしてきた。
これから海外へ行かれる方へアドバイスしておくと、国際キャッシュカードを持っていれば海外のATMで口座からお金を引き出すことができるのだ。
でもって、みずほ銀行はカードが届くまでに二、三週間かかるらしく間に合わないかも知れなかったので、次に三菱東京UFJ銀行を訪れた。
UFJでは新規の受付は終わってしまったそうで作れない。
そして最後に行ったのは三井住友銀行。
ここでは幸い一週間〜十日でできるということで、ここで国際キャッシュカードの申し込みをした。
お急ぎの方には三井住友銀行をおすすめする。
あと金の話は親に付き添ってもらった方がいいと思う。
ロンドンは治安が悪いので、少なくとも財布は2つ以上持ってお金を分けて入れておきたい。
できれば財布はズボンの後ろポケットではなくジャケットの内ポケットに入れたい。
しかし内ポケットのあるジャケットがない。
買う。
日本は夏真っ盛り、秋物はまだそんなにない。
ではどうしたら…??
現地で買おうっと。
珍屋で、フーのわけわかんないBBCセッションのCDを買った。
割引券があったので300円で買えた。
僕はどんどんフーマニア化していきます…。
2008.08.11
ネガティブ勝浦さん
ここ一週間くらいのうちに楽しいことがいくつか続いている。
まず、数ヶ月前に知り合った女の子と「たまにオスローバッティングセンターに戻りながら新宿をぶらぶらする大会」をしたこと。
それからゼミ合宿がかなり楽しかった。
しかもそこで何だかとてもありがたいことにすごく仲良くしてもらった女の子がいた。
そしてバンドメンバーの平田と突然の思いつきで海までドライブして(と言いつつも僕は無免許なので彼の車に乗っているだけだ)海水浴。
海とかプールとか花火とか遊園地とか、そういう夏の遊びがあまり似合わなそうな二人が海水浴!
あまりこう楽しいことが連続して起こると、ひょっとして僕はもうすぐ死ぬんじゃないだろうかと心配になる。
経験上、だいたい楽しいこと一個につき悲しいことが五個くらいくっついてくることがわかってきているので、あまりにもこう楽しいことが続くと、もうあとは死ぬんじゃないかと思ってしまう気持ちはわかるでしょう??
曼茶羅までは生き延びたいなー。
せっかくチケットたくさん売ったしもう何回かスタジオ入っちゃってるから死んだらもったいない。
もっと欲を言えばイギリス遠征までは生き延びたい。
せっかくケンが頑張って出演交渉くれたしユーキも頑張ってバイトしてお金をためてきた。
だからせめて9/4の本番までは死にたくない。
でもベルギーもフランスも行きたいしその後ロンドンを懐かしもうという案も素晴らしいのでやはり帰りまでは生き延びたい。
ああ、帰りの飛行機で墜落死するか!
そしたら中大ロックフェスのカエラの練習やらずに済むし。
まあ日大二高の文化祭は最悪出られなくてもいいんじゃないか。
いずれにせよ冬が来る前には死んでる。
クリスマスとか、そろそろ耐えられないと思います。
まず、数ヶ月前に知り合った女の子と「たまにオスローバッティングセンターに戻りながら新宿をぶらぶらする大会」をしたこと。
それからゼミ合宿がかなり楽しかった。
しかもそこで何だかとてもありがたいことにすごく仲良くしてもらった女の子がいた。
そしてバンドメンバーの平田と突然の思いつきで海までドライブして(と言いつつも僕は無免許なので彼の車に乗っているだけだ)海水浴。
海とかプールとか花火とか遊園地とか、そういう夏の遊びがあまり似合わなそうな二人が海水浴!
あまりこう楽しいことが連続して起こると、ひょっとして僕はもうすぐ死ぬんじゃないだろうかと心配になる。
経験上、だいたい楽しいこと一個につき悲しいことが五個くらいくっついてくることがわかってきているので、あまりにもこう楽しいことが続くと、もうあとは死ぬんじゃないかと思ってしまう気持ちはわかるでしょう??
曼茶羅までは生き延びたいなー。
せっかくチケットたくさん売ったしもう何回かスタジオ入っちゃってるから死んだらもったいない。
もっと欲を言えばイギリス遠征までは生き延びたい。
せっかくケンが頑張って出演交渉くれたしユーキも頑張ってバイトしてお金をためてきた。
だからせめて9/4の本番までは死にたくない。
でもベルギーもフランスも行きたいしその後ロンドンを懐かしもうという案も素晴らしいのでやはり帰りまでは生き延びたい。
ああ、帰りの飛行機で墜落死するか!
そしたら中大ロックフェスのカエラの練習やらずに済むし。
まあ日大二高の文化祭は最悪出られなくてもいいんじゃないか。
いずれにせよ冬が来る前には死んでる。
クリスマスとか、そろそろ耐えられないと思います。
2008.08.09
普通の日記
僕はブログに普通の日記も書く。
昨日合宿から帰ってきたわけだけど、その当日の夜にThe Touristsのスタジオ練習もあり、いくら体育会系の僕とはいえさすがに疲労した。
バンドを2つ持っているということは、単純にスタジオ代が2倍かかるという計算で、財政的にも非常に苦しい。
そんなくたびれた体で、帰宅後何故かブログを更新。
一週間ブログを更新しなかったとなると、いつもはだいたい精神的に死亡状態にあったということに他ならないのだが、別に死亡していたわけじゃない。
書くことがなかったし書く暇がなかった、ただそれだけっす。
さて久々の我が家でぐっすりと(二泊しただけだが)睡眠タイムになったわけだが。
僕は夢を見た。
僕はボーカルには適していない喉を持っていて、高い声を出したり長い間歌っていると顎と喉の筋肉が疲労してしばらく歯ぎしりをするのも痛くなる。
一晩寝て起きる頃にはさすがに痛くなくなっているわけだが、この夢の中では筋肉がはち切れてしまったんじゃないかというほど痛めていた。
で、まあ一晩寝れば治るだろうと思っていたわけだがふと目が覚めて夢だったことに気付き、ホッとした。
しかし夢だったはずだが、どうも下顎が痛い。
どうやら僕は寝ている間に歯ぎしりをしまくって下顎を痛めてしまったようだ。
だからそんな夢を見たんだ。
で前日の疲れが取れないまま、THE MUSICIANSのスタジオ練習のため吉祥寺へと向かった。
朝起きていきなり足の疲れがたまったまま1日が始まるのはつらい。
先に僕は平田(もはや相方)の家に行き、新曲のギターソロを覚える大会を開催した。
彼のチャーハンは美味い。
でもやはりバーヒラタンチの簡易的スパゲティ(大量)の美味さが忘れられない。
そしてスタジオへ向かう。
ドラムのえんさんは今回もいつものように遅刻する。
えんさんスタジオ3回に2回は遅刻する説はあながち単なる誇張でもないかもしれない。
僕の作った新曲はすごくかっこいいです。
名曲です。
THE MUSICIANSに新たな風。
すっかり疲労しきった僕だがこの後6時間(週末、多忙、無休)バイトなのだ。
僕は疲労が好きなのではない。
でも常に疲労が付きまとっている。
疲労だけが恋人なんだ。
うほ、ばかー。
昨日合宿から帰ってきたわけだけど、その当日の夜にThe Touristsのスタジオ練習もあり、いくら体育会系の僕とはいえさすがに疲労した。
バンドを2つ持っているということは、単純にスタジオ代が2倍かかるという計算で、財政的にも非常に苦しい。
そんなくたびれた体で、帰宅後何故かブログを更新。
一週間ブログを更新しなかったとなると、いつもはだいたい精神的に死亡状態にあったということに他ならないのだが、別に死亡していたわけじゃない。
書くことがなかったし書く暇がなかった、ただそれだけっす。
さて久々の我が家でぐっすりと(二泊しただけだが)睡眠タイムになったわけだが。
僕は夢を見た。
僕はボーカルには適していない喉を持っていて、高い声を出したり長い間歌っていると顎と喉の筋肉が疲労してしばらく歯ぎしりをするのも痛くなる。
一晩寝て起きる頃にはさすがに痛くなくなっているわけだが、この夢の中では筋肉がはち切れてしまったんじゃないかというほど痛めていた。
で、まあ一晩寝れば治るだろうと思っていたわけだがふと目が覚めて夢だったことに気付き、ホッとした。
しかし夢だったはずだが、どうも下顎が痛い。
どうやら僕は寝ている間に歯ぎしりをしまくって下顎を痛めてしまったようだ。
だからそんな夢を見たんだ。
で前日の疲れが取れないまま、THE MUSICIANSのスタジオ練習のため吉祥寺へと向かった。
朝起きていきなり足の疲れがたまったまま1日が始まるのはつらい。
先に僕は平田(もはや相方)の家に行き、新曲のギターソロを覚える大会を開催した。
彼のチャーハンは美味い。
でもやはりバーヒラタンチの簡易的スパゲティ(大量)の美味さが忘れられない。
そしてスタジオへ向かう。
ドラムのえんさんは今回もいつものように遅刻する。
えんさんスタジオ3回に2回は遅刻する説はあながち単なる誇張でもないかもしれない。
僕の作った新曲はすごくかっこいいです。
名曲です。
THE MUSICIANSに新たな風。
すっかり疲労しきった僕だがこの後6時間(週末、多忙、無休)バイトなのだ。
僕は疲労が好きなのではない。
でも常に疲労が付きまとっている。
疲労だけが恋人なんだ。
うほ、ばかー。
2008.08.08
tonight(ハッハッハ)
ゼミ合宿から帰ってきた。
合宿についてはまあ書きたいのもやまやまだがちょっと葛藤もあり書かないことにする。
とても楽しかったんだ。
僕の楽しい話なんてききたくもないと思われるので書かない。
久々に楽しいという感情を取り戻した気がした。
良き思い出は良き思い出のまま忘れてしまいたいと思う気持ちはおかしいだろうか。
良き思い出が状況次第で悪い思い出になってしまうその前に、忘れ去ってしまいたいと思う気持ちは不自然だろうか。
根暗だろうか。
ひねくれているのだろうか。
"紳士"はそんな癖捨てた方がいいのかね。
忘れたいなんて、良き思い出に関わった人に対して失礼かね。
以下の内容は、ゼミ合宿の中で言おうか迷ったが結局言えなかったことである。
プロアマという話は別にして、僕は曲を作るにしても文を書くにしても芸術家という意識を持っている。
しかし僕の理想系は"アーティスト"ではなく"アート"そのものなのである。
アートを作り出す者ではなく、僕自身がアートそのものでありたいと思い、意識している。
自分がアートとなれば、自らの身を削って出せば一つの芸術作品ができるという感覚だ。
創造ではなく、そのまま削って出すイメージ。
つまりありのままの自分を表現したらあらアートになっちゃいましたというのが理想なのだ。
ここで僕が注意したいのは、アートとはあくまでアートなのであって「変だからアート」ということにはならない、というこだ。
たとえ変でも、「スゴく」なければアートにはならない。
秀でるものがなければ意味がないんだ。
これは、人と変わっていたいというよりもむしろ人より勝っていたいという意識なんだ。
自分をアートとして意識することで、詞の書き方や文の書き方も変わってきた。
アーティストとしての意識では、あるメッセージがあってそれを人びとにわからせ、共感させるイメージ。
アートとしての意識では、メッセージである必要がないしただ人びとに「すげー」といったような感動を与えればよい。
ただし、ありのままの自分を提示する。
僕にとっては歌詞を書くこともブログにちょっとした小説を載せることも普段どおりの記事を書くことも、大して変わらない。
それはアートの意識があるからで、面白さやメッセージ性で勝負をしているのではなく、ただ単に自分をそのまま映し出すことで自分の存在をアートとして評価されようとしているのだ。
小説だって歌詞だっていつも真実というわけではないが、そこには僕の性格や心情を映し出しているつもりなのである。
気付いたかな?
というような話をゼミでしようかとしたんだがちょっと感覚がよくわかりにくいだろうと思われるし、アートとしての評価どころかバカなんじゃないのと言われそうだったのでやめたんだ。
本当は言う機会がなかったというのが一番大きな原因だが。
しかしこの手の話はこのブログで何度もしていますよね?
誰が読んでるんだか知らないが、僕に対する評価の視点を変えてこのブログを見てもらいたい。
合宿についてはまあ書きたいのもやまやまだがちょっと葛藤もあり書かないことにする。
とても楽しかったんだ。
僕の楽しい話なんてききたくもないと思われるので書かない。
久々に楽しいという感情を取り戻した気がした。
良き思い出は良き思い出のまま忘れてしまいたいと思う気持ちはおかしいだろうか。
良き思い出が状況次第で悪い思い出になってしまうその前に、忘れ去ってしまいたいと思う気持ちは不自然だろうか。
根暗だろうか。
ひねくれているのだろうか。
"紳士"はそんな癖捨てた方がいいのかね。
忘れたいなんて、良き思い出に関わった人に対して失礼かね。
以下の内容は、ゼミ合宿の中で言おうか迷ったが結局言えなかったことである。
プロアマという話は別にして、僕は曲を作るにしても文を書くにしても芸術家という意識を持っている。
しかし僕の理想系は"アーティスト"ではなく"アート"そのものなのである。
アートを作り出す者ではなく、僕自身がアートそのものでありたいと思い、意識している。
自分がアートとなれば、自らの身を削って出せば一つの芸術作品ができるという感覚だ。
創造ではなく、そのまま削って出すイメージ。
つまりありのままの自分を表現したらあらアートになっちゃいましたというのが理想なのだ。
ここで僕が注意したいのは、アートとはあくまでアートなのであって「変だからアート」ということにはならない、というこだ。
たとえ変でも、「スゴく」なければアートにはならない。
秀でるものがなければ意味がないんだ。
これは、人と変わっていたいというよりもむしろ人より勝っていたいという意識なんだ。
自分をアートとして意識することで、詞の書き方や文の書き方も変わってきた。
アーティストとしての意識では、あるメッセージがあってそれを人びとにわからせ、共感させるイメージ。
アートとしての意識では、メッセージである必要がないしただ人びとに「すげー」といったような感動を与えればよい。
ただし、ありのままの自分を提示する。
僕にとっては歌詞を書くこともブログにちょっとした小説を載せることも普段どおりの記事を書くことも、大して変わらない。
それはアートの意識があるからで、面白さやメッセージ性で勝負をしているのではなく、ただ単に自分をそのまま映し出すことで自分の存在をアートとして評価されようとしているのだ。
小説だって歌詞だっていつも真実というわけではないが、そこには僕の性格や心情を映し出しているつもりなのである。
気付いたかな?
というような話をゼミでしようかとしたんだがちょっと感覚がよくわかりにくいだろうと思われるし、アートとしての評価どころかバカなんじゃないのと言われそうだったのでやめたんだ。
本当は言う機会がなかったというのが一番大きな原因だが。
しかしこの手の話はこのブログで何度もしていますよね?
誰が読んでるんだか知らないが、僕に対する評価の視点を変えてこのブログを見てもらいたい。
2008.07.31
「ちょっとした」相対音感
知っている人は知っていることなんだが、実を言うと僕はちょっとした相対音感の持ち主なのである。
絶対音感ではないから、これが実際に何の音であるかとか、つまり雨の音やクルマの走る音が「あ、ソだ」とかはわからないんだけど、例えば簡単なメロディラインをちょっと聴けば、キーさえ教えてもらえればエレクトーンとかギターですぐ弾けるのだ。
ギター用語で言うと、よく知らないが、スケールが備わっているのでメロディを聴いた瞬間にそれを正確に(感覚で)把握出来るのだ。
…キーさえわかれば。
このキーさえわかればというのがポイントで、相対音感ではキーはわからないから頭で考えて探していくしかない。
そして相対音感のもう一つの弱点は、曲の途中でアクセント的に転調したり、メジャーコードをマイナースケールのメロディでやられるとわからなくなる。
僕の話の方がわけわからなくなる。
簡単に言うと邦楽はひねりがないから耳コピしやすいけど洋楽は色々とひんまがっているので耳コピしづらい。
「あたし絶対音感持ってるんだー☆」
という奴はたまにみるけど(そしてふーんと言う)、
「あたし相対音感持ってるんだー☆」
という奴は見たことがない。
自分では気付かないのかな。
実は僕はすでに小学校低学年の頃からこの能力に気付いていた(相対音感というものだとは知らなかったしみんな出来るもんだと思っていた)。
これは、軽く自慢である。
絶対音感は「音」を把握するもので相対音感は「旋律」を把握するものなんだ。
そう考えると、絶対音感より相対音感の方がミュージシャンっぽくてかっこよくないか??
絶対音感ではないから、これが実際に何の音であるかとか、つまり雨の音やクルマの走る音が「あ、ソだ」とかはわからないんだけど、例えば簡単なメロディラインをちょっと聴けば、キーさえ教えてもらえればエレクトーンとかギターですぐ弾けるのだ。
ギター用語で言うと、よく知らないが、スケールが備わっているのでメロディを聴いた瞬間にそれを正確に(感覚で)把握出来るのだ。
…キーさえわかれば。
このキーさえわかればというのがポイントで、相対音感ではキーはわからないから頭で考えて探していくしかない。
そして相対音感のもう一つの弱点は、曲の途中でアクセント的に転調したり、メジャーコードをマイナースケールのメロディでやられるとわからなくなる。
僕の話の方がわけわからなくなる。
簡単に言うと邦楽はひねりがないから耳コピしやすいけど洋楽は色々とひんまがっているので耳コピしづらい。
「あたし絶対音感持ってるんだー☆」
という奴はたまにみるけど(そしてふーんと言う)、
「あたし相対音感持ってるんだー☆」
という奴は見たことがない。
自分では気付かないのかな。
実は僕はすでに小学校低学年の頃からこの能力に気付いていた(相対音感というものだとは知らなかったしみんな出来るもんだと思っていた)。
これは、軽く自慢である。
絶対音感は「音」を把握するもので相対音感は「旋律」を把握するものなんだ。
そう考えると、絶対音感より相対音感の方がミュージシャンっぽくてかっこよくないか??
2008.07.26
THE TOURISTS

ただ楽器を弾くのが上手かったり歌を歌うのが上手かったりする連中や、楽器の知識とかアーティストの知識が豊富なだけの連中を、見返してやりたいという思いがある。
というか差をつけたいのだ。
僕は技術者でもなければ研究者でもない、ミュージシャンなのでありアーティストなのでありアートなのだ、と言いたい。
イギリス遠征は、そういう面で大きな意味を持つ出来事になるだろうと思う。
いくら楽器が上手くても、いくら歌が上手くても、イギリスでライブをしたいという思いがなければイギリスでライブは出来ない。
いくら知識が豊富でも、イギリスでライブをしたいという思いがなければイギリスでライブは出来ない。
技術よりも知識よりも、純粋な音楽への好奇心、先人や本場への憧れの方が、よっぽどミュージシャンな要素を含んでいると思う。
だから僕らが帰国した頃には、あいつらにはミュージシャンの要素という点においてかなりのリードで勝っていると思うのだ。
技術も知識もないけれど。
でも、ミュージシャンとしてとかアーティストとしてとかそういうの抜きにして、イギリスに行くということはすごく意味があることだと思うのだ。
イギリスでライブできたらかっこいいな、とは思っても大抵の人は本当にやろうとはしない。
大人ぶっているのか、本心では「そんな馬鹿げたこと」なんて思っているのか、何なのか知らないがみんなやらない。
でも僕たちはやろうとしているのだ。
少年のような純粋な好奇心が、僕たちを強く駆り立てているのだ。
大人ぶりたいがためにこんな機会を逃すなんて、ただのバカだぞ♪
「機会」というのは、つまりやりたいと思ったその瞬間がチャンスだというわけである。
THE TOURISTSのメンバーのユーキなんか、海外経験がない。
そんな彼が、物価の高さも治安の悪さも世界トップレベルである、難易度の高いイギリスという国を、彼の初めての外国の地に選んだ勇気を讃えたい。
普通なら行かない。
でもやりたいから彼は行く。
彼もまた少年の心を忘れていないのだろう。
そういうところはミュージシャンとしてとかアーティストとしてとかは抜きにして、人間として評価すべきじゃないか。
※今日の記事で僕が多く批判したのはサークルの連中である。
彼らは典型的な大学生で若者で日本人でバカであるようにしか見えない。
