名も無きブログ

音楽×自転車×雨=ひが

帰ってきた水曜憂鬱

2007.09.26

category : 独り言

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朝家を出る前にちゃんと出してきたので腹痛は大丈夫だろうとたかをくくっていたら、お腹は本当に大丈夫だった。
あんまり痛くなかった。

ドイツ語の授業は、一番前に座ってクラスのみんなの姿が見えないようにしたので比較的楽に過ごせた。
胃と胸のあたりがムカムカしてグルグルしたくらいで、前期のように頭がイカレたりしなかった。
ただ授業が終わるのが怖かった。
この授業が終わったらゼミという名のブラックホールに吸い込まれていくのだ。
そんな時に限って授業が早く終わった。
この授業と授業の合間の10分間の休憩が最も俺を追い込むのに。
とりあえず居場所を求めてトイレの個室に駆け込む。
用を済ませた後もここでしばらく時間をつぶしていようと思ったら、勝手に水が流れだし、水が流れる音がしたのに出てこないのは変だろうと思い、泣く泣くトイレをあとにした。
中大の便器のクオリティの高さには頭に来た。

結局教室まで行った。
先に来ていた女の子におはようと言われた。
低い声で返事して、席に座って本を読もうとしたけど結局寝たふりをした。
耳をふさぎたかったけどここで音楽を聴くのも感じ悪いと思って耐えた。
授業中はずっとグダグタしていた。
背中を丸くしたり、うつ伏せになってみたり。
授業が終わったあとは、解放感というよりもやるせなさに襲われた。
水曜憂鬱は治っていなかったのだ。

あまりにも授業中グダグタしていたので後で心配された。
一人で憂鬱やってるのは勝手だけど人に心配かけるのは申し訳ない。
表にあらわれないように憂鬱するように気を付けよう。
その心配に関しては申し訳ないというよりも情けないのかも知れない。
だから俺はお礼や謝罪の言葉をあんまり言わなかった。
それはただの気休めにしかならないし余計に情けない気がした。

これは何から来るのだろう。
何故苦しいのだろう。
思い込みがこうさせているのはわかるのだがそれは俺にはどうしようもないのだ。

水曜憂鬱は次週につづく(たぶん)。
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かいてんするエビのように。

2007.09.26

category : 独り言

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くじゃくの羽が美しいのは、メスの目をひくためです。

要するにモテたいがためにあんなに立派な羽を備えているのです。

ではメスがオスを選ぶ基準は羽だけなのでしょうか。

優しさ思いやりその他メンタル面でのポイントはパートナーを作る上で必要ないのでしょうか。

だとしたらショボい羽で生まれてきたくじゃくはかわいそうなもんです。

それに比べて人間は多少外見が不細工でも中身がよければモテちゃったりします。

逆に外見がよくても中身がひどいといけないということです。

僕はどうなのかというと

わかんない。

今はとりあえず改善欲もない。

これは満足出来ている証拠なのだろうか

諦めなのだろうか

そういう思考がまず土台にある時点で僕はまだまだ子供だと思うよ。

消化して、消化して。

2007.09.23

category : 独り言

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新宿club doctorでのライブが終了した。
ここでこの夏に我がバンドTHE MUSICIANSが出演したライブを振り返ってみようとしてやっぱりやめてみる。

俺が最初に曲を作ったのは高校一年生の時。
その頃はとにかくただただ自分で曲を作れるということが嬉しくて楽しくてしょうがなかった。
その曲は人にきかせる機会がなく、世界中でただ一人自分しかその曲を知らなかったので、完全に自己満だった。
自分が満足するための、自分のための曲作りだったため、俺は曲を作るという行為はある意味「自慰行為」だなと思うようになった。
俺は高校時代バンドの部活に入っていて校内でライブなども行ったことはあったけども、自分のオリジナルの曲を人に初めてライブできかせたのは高一の終わりのころだった。
その後気の合うバンド仲間とも出会い、やはり校内ライブで自分の曲を披露することはあったが、それでもオリジナル曲の主役は間違いなく俺であったし、聴き手がいても「自分のための曲作り」というのは変わらなかった。
高校を卒業するとき、初めてライブハウスを借りて学校の外でお金をかけてライブをやった。
それまでの俺のバンドはメンバーや名前がコロコロ変わっていたのだけど、このライブの時に組まれたのが現在まで続く「THE MUSICIANS」だった。
このときはちゃんとボーカルがいた。
今は浪人して勉強中なので彼はバンドには一切関わってこないが。
ライブハウスは西荻窪にある「Terra」。
「卒業コンサート」という名前で、所属していた部活の卒業生部員によって行われたライブだった。
このライブではチケットを売るのが本当だったのだけど、俺は「聴き難いものを見てもらうのに何故お金を貰う必要があるか」と言いすべて自己負担して知り合いに無料でチケットを渡した。
今になって考えるとこのライブはブルーハーツのカバーまでやってしまったし、今までの文化祭のライブを外でやってみちゃいました的な存在だった。
曲作りの面ではオナニーに変わりなかった。
大学に入ってからTHE MUSICIANSは友人須藤からの誘いのお陰もあってようやくライブハウスでお客さんからお金をもらってライブをするという活動を始めた。
これは非常に大きなことなんだ。
お金を貰うか貰わないかという違いは案外大きいもので、お客は自分を犠牲にしてまで見に来てくれているわけだから、こちらとしてはその犠牲の部分を埋めるようなパフォーマンスをしなくてはならない、という責任感が生まれるのだ。
もちろんそれはライブ中のパフォーマンスだけにとどまる問題ではなく曲作りの面や過去の曲のアレンジにも影響してきた。
初めて客というものを意識して曲を作れるようになったのだと思う。
ここでの「曲を作る」という表現は歌詞を書いたりアレンジを加えてみたりするのも全部含めての話だ。
「自分のための曲作り」ではなくなり、ある程度「見てくれる人のための曲作り」という意識が生まれたことというのは、自慰行為ではなくなり、ちゃんと相手のいる性行為への成長と捉えてもいいかもしれない。
つまりある意味では俺はこの夏童貞を捨てたことになるのだ。
今までの、頭の中でなんとかかんとかっていうバンドを組んで頭の中で勝手に自分が人気ロックミュージシャンになってその姿に自惚れるという時代が幕を閉じた。
イメージの世界が現実の世界になり、少し大人になった。
とはいえ「見てくれる人のための曲作り」と言ったってやっぱりそこには自分がいないとダメで、結局「自分のため」というのが根底にないとダメなんだ。
自分が快感を得られずに相手だけイッてしまうなんていいセックスとは言えないのだろう。
いやよく知らないけど。
自分も満足向こうも満足でないと納得は出来ないんだよ。
そういう欲張りな気持ちはあるのだけど俺は今のところどっちかに偏ることしか出来ない。
そんな葛藤もある中で、おそらくTHE MUSICIANS今年最後の出演となるであろうライブが終了し、これからはしばらく凍結期間に入っていく。
もちろん俺は曲を作り続けるだろう。
しかしそこに客はいない。
ようするにまたオナニーの世界に戻っていくのだ。
しかしそのオナニーだって童貞を卒業する前と後では全然違うものになるであろうはずだ。
今の俺はもう経験済みなわけだから、そんな俺の自慰行為から繰り出される音楽が一体いかなるものになっていくのか、全く想像がつかない。
でもきっといい方向には向いているんだろうと思う。
だからこの凍結期間は、メンバーや見たいと言ってくれる人たちには申し訳ないけど俺にとってはもしかしたらいい時間になるのかも知れない。

夢から覚めたあとのTHE MUSICIANSがどうなっているのか、ちょっと楽しみになってきた。

9月21日金曜日

2007.09.21

category : 独り言

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7:00前に、オーディオからJUN SKY WALKER(S)のベストアルバムが流れ出す。
目覚まし代わりにと朝鳴るようにタイマー設定をしたはいいものの、設定の変更の仕方がわからないために土日休日関係なく、もちろん夏休み中も家を空けている間も朝の早い時間からオーディオは鳴っていた。
それで一度目は覚めるのだが、どうしても睡眠時間が足りないのでもう一眠りするというのがこの休み中の習慣。

あーでも今日から学校が始まってしまう。

授業自体は昼からなのでそこまで無理して早起きする必要はないのだ。
でも今日はその前に人と会う約束をしているから。

やっぱりもう起きよう。
でもあんまり早く起きるとドイツ語の時間に睡魔が襲ってくる。
でも二度寝すると寝坊して待ち合わせに間に合わないかもしれない。
やっぱりジュンスカも朝からウルサく俺を起こしてくれるわけだしもう起きよう。



結局二度寝して9:00頃目が覚めた。
この夏ベッドを解体して以来、窓の位置の関係で、朝目が覚めるときにちょうど顔の辺りに日の光が当たって非常に顔が暑い状態で目が覚めるようになった。

アツイ

と矛先を誰に向けてよいのかわからない怒りを抱きながら目が覚める毎日。
思わずブログに絵文字を使ってしまうほど顔だけあつい。




待ち合わせは12:00に学校の食堂前。
それまで3時間もある。
少し早く起きすぎた。
いやこれくらいがゆっくり出来てちょうどいいんだ。
駐輪場の定期契約もしてから行かなきゃいけないし。

朝食は家で天丼を食べた。
というと「朝から豪勢な」と思われるかもしれないが、ご飯の上に海苔と冷凍食品の海老天(極小サイズ)を乗せて上から天つゆをかけただけの大変手軽な食事だ。
と母親に文句を言うと自分で作って食えと言われるので黙って食べるのだが。
その食事中にわき毛が痒くて右側だけすべて剃った。
でも痒いのは治らなかった。

この痒いのを我慢しながら人と会うのか。
この痒いのを我慢しながら授業を受けるのか。

こらえるしかないのでかゆみを忘れる努力をした。
ワックスを髪に少しつけて形を作ってコンタクトも目に入れ準備すべきものが何も無くなって、それでも家を出るには30分以上早かったが家にいてもつまらないのでもう出かけることにした。

今日からまた5月までと同じように府中から京王線を使って学校へ通うことになる。
中央線・モノレール時代と比較すると立川が使えないというのが不便だが、京王線で行ったほうが定期代が半分以下で済むし時間も最大20分くらい早く着く。
時間があるのでゆっくりと自転車を漕ぎながら府中へ向かった。
途中セブンイレブンでお茶を買う。
店員が3人で同じ箇所で同じ商品を品出ししていて客が並んでいるのに全く気付かないので声をかけようかと思ったけど品出しで忙しい店員の気持ちもよくわかるので声はかけなかった。
でもそのうちようやくこちらに気が付いて急いでレジまで来て接客を開始するのだった。
この前夕方に来たときにいた若い女性は俺の好みではないけど綺麗だったな。
そんなことを思いつつ買い物を済ませ再び自転車に乗ろうかと思うとサドルが想像以上に熱くなっていて驚かされた。
しかし本当に夏のような暑さだ。
まだ夏なのか?

駅前の駐輪場で定期契約を済ませる。
ここの駐輪場のシステムはいまだに良くわからない。
人はいいけどやる気のなさそうな従業員のじいさんの会釈に対して、こちらも「おはようございます」の「す」の部分しかはっきり聞こえない、一番重要な部分が伝わらない挨拶で返す。

駅に到着する。
ここで本屋に寄り道するのも良かったが、必要のない用事はなるべく自宅近くより目的地の近くでしたかったので高幡不動で寄り道しようと思った。
改札をとおり掲示板を見上げると、次の電車は珍しく多摩動物公園行きの電車だった。
高幡不動から多摩動物公園へ行く電車は一時間に3本しかないため、高幡不動で乗り換える際に待ち時間が長くなる場合が多い。
なのでこうして直接多摩動物公園まで行く電車というのは少しありがたい。

しかし結局多摩動物公園までは行かず高幡不動で降りて本屋に立ち寄った。
特に面白い本は無い。
本を読みたいとは思うのだけど俺は外れに出会うことが多いのであまり本に対して積極的になれない。

数分間不毛な時間をすごした後再び高幡不動の駅に戻り、多摩動物公園行きの電車を待った。
電車の中では本を読みたかったのだが、課題の本を友達の家に忘れてきてしまったために何も本を持っていなかった。
音楽だけが一駅の退屈を紛らしてくれた。

多摩動物公園駅からは山道を歩くのみだ。
変な時間帯だったので人はあまりいなかった。
今日人と会う目的というのは本来は紙切れを渡すというだけのものだった。
その紙切れにそこまでの価値があるとは思えないのだけど、その人は嬉しそうに買ってくれるのだった。
そのついでに飯を食うという予定になっていたのだが、俺の中では「共に飯を食う」ついでに紙切れを渡すという意識になっていた。

それにしても早く着きすぎた。
すぎるということはないのだが待ち合わせまでの10分間という微妙な空白をどう埋めようか。
とりあえず生協の本屋や食堂をうろうろして時間が来たのでメールを送った。


トイレを済ませた直後に電話がかかってきた。

「ウチ下ネタとかマヂ無理ひくんだけど」とか言ってる女本気でドンびきなんだけど

2007.09.20

category : 独り言

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ということなんです。

特に可愛くもないくせに「下ネタは無理」とか言う女ね。
無理なわけがないのよ。
だって人間だもの。
我々が一種の生物である以上「子孫を残したい」という本能はそもそも男女に共通するもので、受け皿である女性は種が必要となるわけであって、その欲望が性欲だとか下心といった具体的な感情となって我々の身に宿るということは避けられない現象であって、よって男であろうと女であろうと性的な話題を毛嫌いするということは言うなれば本能に逆らうことであると言っても過言ではないと思うのだ。

では何故僕が、男がする卑猥な会話を嫌うことが許されるだろうか。
それは下ネタというものは男性が話すと非常に下劣なものになってしまう場合が多いからだ。
もちろん女性でも下劣な下ネタを話す人はいるがたいていの女性はためらいながら話すもので(その表情がまた素敵なのである)、ごく一部の例えばいわゆる「や◯まん」と呼ばれる女性や品のない女性などが主に下ネタを下劣にしてしまうのである。
しかし男性の場合、性経験の有無によって多少の差はあるものの、一貫して、特に経験者による下ネタは下劣極まりないもので、聞くに耐えられないものが多い。
我々未経験者にとってはそれは神秘的な世界であり想像の世界であり夢の世界なのである。
それをこちらの気持ちも考慮せずに「生」だの「中」だの何だかよくわからないが非常にリアルで生々しい表現であることには間違いない単語を散々並べてファンタジーの世界をハンマーで次々と打ち壊していくのである。
これは僕にとって許しがたい事実なのである。

ちなみにこのような感情を世間一般では「ひがみ」と呼ぶのだそうだ。
それは決して喜ばしい形容のされかたではない。
そう思うことしか僕には権利が与えられていないのである。

豆知識

2007.09.19

category : 独り言

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自分の生まれた日と、19歳の誕生日は同じ月が見えるらしい。
いいこときいた。

イザベル、今日の一言

2007.09.18

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16のころ、体中の穴という穴をすべてふさがれたことがあるわ!!!

下心が下心が下心が

2007.09.16

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色んなことを考えて色んなことをやってみるけど、結局自分はただのエッチな事ばかり考えてる童貞少年なんだなぁと思わされる。
「健全だよ」と慰められる(しかも本とかネット上の文章にだ)ことはあるけど自分自身そんな自分が醜くて嫌いなので、慰められても「だから何」って感じなんです。

最近「下心」ということに関してよく考えるんだけど、辞書で調べたら「下心」という単語には性的な意味は含まれないんだね。
それどころか男女の関係に関する意味は全く含まれないんだね。
元々本音とか本心とかそういう意味なんだね。
だいたい「本音」とか「本心」とかいう単語が隠すことを前提に存在してることが可笑しいよなぁ。

足が痒いんだけど。

下心とは何なのか。

2007.09.15

category : 独り言

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いつも俺の後ろに潜んでいて、チャンスを狙いながら表へ出るタイミングをうかがっている。
隙あらば表へ堂々と姿を表す。
それは誰がどう見ても醜い姿であるので俺はなるべく抑えようとする。
すると今度は下心はテキトーな口実に姿を変えて表へ出ようとする。
それに俺はまんまと騙されて表出を許す。
そのうちどれが口実でどれが本音かもあやふやになり、その結果今俺はこうして深い罪悪感に襲われているのだ。

やっぱり俺に下心がある限り、自分に対する他人の目を気にしてしまう病は治らないよ。

「興味持てよ」ってどういう意味?

2007.09.15

category : 独り言

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親に「少しは色んなことに興味を持て」とか「そろそろ興味持って勉強しろ」とか言われるけど無茶だと思います。
なんて親には言わず俺はただ「うん」と答えるだけなんだけど、無茶なんだよ。
株とか会計とか興味ないすから。
ないもの持てとかどういう意味だかわからない。
音楽を職にするつもりはない。
趣味にするつもりもない。
それは体の一部だから。
でも俺は何かクリエイティブな仕事をしたいと思っていて、そこだけは揺るぎないんだけど具体的にそれは何の仕事なのか、それがわからない。
何をしたらいいかわからない。
本を読みたいけど何を読めばいいかわからない。
新聞は読んだほうがいいらしいけどつまらない。

まあ最近になって精神状態がようやく落ち着いて少しは将来のことを考える余裕が出てきたのでゆっくり考えて行きたい。

ソフトマッチョってなんすか笑。

2007.09.15

category : 独り言

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私ソフトマッチョが好きなのー。
ソフトマッチョ超カッコいいよねー。

どうも夜分遅くにすいません、ひがです。

いや何、こういう女が嫌いだっていう話ですよ。
見ていて腹立つのよ。
だいたいソフトマッチョってなんすか。
思わずタイトルにしちゃったけど何なんすか。
やんわりマッチョ??
どういうことだコラ。
何でこんなに腹が立つかというと、究極的に言えばいわゆるソフトマッチョというジャンルに俺が入らないからだ。
こういう女はまず男性を見る時マッチョかソフトマッチョかそれ以下かに分類する。
いや無意識のうちにそう分類しているはずだ。
そうした場合ソフトマッチョ以外のジャンルの男性に出くわした場合、最初からそういう目で見る。
そういう意識で接していく。
表面的には普通にコミュニケーションをとっていても、女の心の奥では見下している。
その不平等さ、不条理さに腹が立っているんである。
もちろんマッチョ好きにもすごく嫌悪感を抱いているが、ソフトがつくことで余計に生意気だし、だいたいソフトマッチョってなんすか。
もう3回目だけどなんすか。

巨乳より美乳だよ。
俺は大きさじゃなく形だな。

と一緒。
生意気。
生意気なんだよ。
選ぶなよ。
それで選ぶなよ。

って感じっすかね。

ってか

ソフトマッチョってなんすか笑。

このままの関係の「このまま」とは

2007.09.14

category : 独り言

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友情という絆で結ばれた二人の「友達」という関係が
愛情という絆で結ばれた二人の「恋人」という関係よりも
浅いものである
という今日世間ではもはや常識であるかのように認識されているこの意識が
もしも事実であったとするならば
僕の信じていたものは幻ということになり
ひょっとしたらまた
人間不信の地獄の闇に
戻っていくのかも知れませんね

あ、メール来た。一年飲みか。行かねーよ

2007.09.13

category : 独り言

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あんまり長生きしたいと思わないのだが。


腰を曲げてよろよろ歩くばあさんや、頭は禿げ上がって耳も遠く声も小さいが態度だけはデカイじいさんを見ると、こうなる前に死にたいなとか思っちゃう。
だって申し訳ないけど見苦しいもの。
「人生の先輩なんだから尊敬しなくちゃいけない」ということになってはいるけども、考えてみれば彼らは偶然俺より早く生まれてきただけのことだしあと50年もすればこの俺だってそうなっちゃうわけだから敬わなきゃいけないってのはどうなのよとか失礼なこと考えちゃう。

出来ればかっこよく生きてかっこよく死にたいので、いやかっこよく死ぬなんて有り得ないけど、要するにそれはやることやったら潔く逝ってしまいたいという意味であって、そう、だから俺はいつまでも生きることにしがみついていないで人生に満足できた時点で死んでしまいたいとか理想を掲げるわけだけども自殺は嫌だ。
他殺はもっと嫌だ。

長生きしたくないのはかっこよく死にたいのがメインの理由ではなくて、本当は苦しいのが嫌なんだ。
身体が不自由になっても生きていなくちゃならないっていうのが嫌なんだ。
身も心も健康であればそりゃ長生きしてやってもいいんだ。
でも若いうちに運動をしていない俺は年を取ったら確実に不健康な老人になるであろうことが予想されるわけで、だから長生きしたくない。
60でポックリ逝ってしまえば理想。
でも年金をもらう前に死ぬのはバカバカしいな。
払わなきゃいいのか。
今のうちに寿命がわかればいいのにな。
死んだ後も年金相続できるようにしてくれればまだ安心して60で死ねるのにな。



怠けてるだけなんだよ。

答えなんて無いよ。でもイメージをしっかりとね。

2007.09.10

category : 独り言

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最近は恋愛について考えることが多くなってのぅ...。
いや昔から考えないことはなかったんだけど、いくら考えても何しろ経験したことがないものですからヒントも無く完全に想像の世界、妄想の世界での思考であって当然それらしい答えさえも出ることは無かったんよ。
でもこれまでの俺の中での恋愛に対する思考というものは、形はよくわかんないけどとにかく良いものだった。
少なからず欲していた。
憧れていた。
羨望していた。
でも最近の思考では疑うようになった。
10代のうちにいわゆる青春的なことをして心が激動してその後の自分という人間を形成していって、そういう意味では「恋愛」っちゅうもんはとてもすばらしいもんだと思うんだがね。
だがねとかとても生意気な口調だがね。
ドキドキして電話してメールしてデートして手繋いでチューして悩み喜びそれが恋愛なんでしょ?
知らないけど。
その行為はすごく楽しいだろうし幸せだと思うんだけど、俺の心の闇を取り払うことは出来ないと予測されるわけなんだよね。
クラスの美人とそういう行為が出来れば
ブラウン管の向こうのアイドルとそういう行為が出来れば
街行く女子高生とそういう行為が出来れば
心は満たされるという時代は幕を閉じた。
そこで俺にとっての恋愛の価値は下がってしまった。
そういうありきたりな関係に閉じ込めることによって心の闇を忘れることは出来ても取り払うことは出来ないんじゃないか。
とか思っちゃう。
恋愛ってそんな大切なことなんだろうか。
っていうか恋愛ってなんなんだ。
何で人は恋愛をしたがるんだ。
何故人間は本能的に恋愛をするように作られているんだ。
そんな中学生みたいなこと別に深く考えなくてもいいなんてことはわかってるんだけどね。
今世界中で起こってる社会問題環境問題そんなものよりずっと知りたいと思うんだよ。
宿題なんかよりずっとこっちに時間を割いてるほうが利口だと思うんだよ。

で何の手がかりも得られないので図書館に行って心理学・哲学のコーナーからそれっぽい本を何冊か借りてきた。
それらのすべての本のタイトルに「愛」がついていて何か図書館のおじさんのところに持っていくのが恥ずかしかったのでちょっと関係ない本も借りた。
コンビニでエロ本と一緒に別の商品も買うようなもんだ。
ちょっと違うか。
たぶんあまり手がかりにならないと思うんだけど、その本を読んでみようと思う。
NEC_0270.jpg

もうちょっと待ってね。

あのね。

2007.09.10

category : 独り言

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とりあえずハイロウズが唯一韓国を歌った歌「海雲台ブルー」の中でマーシーが間奏のギターソロの前にさりげなく叫ぶ「サンチュ」(焼肉を巻いて一緒に食うと美味い葉っぱ)がツボでたまらないんだけど。

今、すがすがしい。

2007.09.06

category : 独り言

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恋愛が欲しかったんでなくて
安心感が欲しかった

心の隙間を埋めてくれるのであれば
無理に恋愛にそれを求めなくても
形は何でもよかった

でもただ安心感だけ欲しかったわけでもなくて
やっぱり本当に欲しいのは
あなただった

なんてカッコいいこと一度でいいから言ってみたいもんですな。
恋愛なんて所詮はただの遊びだろ。

大学生活のまとめ

2007.09.01

category : 独り言

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大学は基本的にノリに任せて話を広げていこうとするところである。
それを別に何とも思わない人にとっては大学は楽しい場所となり、充実した大学生活をおくることが出来る。
しかしそれを不快に感じたり自分でそれが出来ないような人は、「そんなのアリ?」と空っぽさに気付いた瞬間大学がつまらなくなり、半ば病的になる場合もある。
俺は気付くのに相当な遠回りをした人間である。
まず浅く広く友人を作ろうとするIさんを見てショックを受け悩まされ、その後ドイツ語のクラスで些細な出来事をきっかけに深い人間不信に陥ったのち、サークルの飲みを繰り返す(ほとんど参加してない)うちに上の結論を見いだした。
意外と近くにも、経過はどうあれ同じ結論に至った人間がいるのだということもわかった。
あれだけ広い大学なのだから、俺の知らないところにもっとそういう人はたくさんいるはずなのだ。
勿論先輩にも多くいるはずなんだ。
俺らよりも先に悩まされた人間が。
いや、別にそういう人たちに対しての仲間意識とか無いし、同盟を組んで大学充実野郎共に転覆をふっかけようなんて考えはない。
むしろ大学充実野郎になってくださいよと言いたい。
苦しいでしょうが。

誰かを犠牲にしても、あくまでも空気を大切にしよう。
全然五七五とかになってないけどこれは彼らの標語に違いない。
例えそれが自分は嫌なことであっても、場を盛り上げようとか空気を作ろうとかいうことで率先してやってしまう。
自分から行けばまだいい方だが、他人にそれをふってくる人間もいる。
この話は酒の席だけの話ではない。
普段も彼らは同じスタンスで日常生活を営んでいるのだ。
飲み会はそこで普段静かな人が喋り出したり、はっちゃける空間が与えられただけの話だ。

そんな彼らに疑問を抱く俺に、同じ悩みを持つあなたは何を頼り何を求め何を信じているのか。
俺が何をすれば満足し何をしなけりゃ安心するのか。
関係が無償である以上俺はその動作に疑問を抱く。
しかし無償でなければ困るし動作がないと胸が痛む。
意味が分からなかったら読まなかったことにして下さい。
プロフィール

ひが

  • Author:ひが
  • The 新社会人

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