名も無きブログ

音楽×自転車×雨=ひが

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黙秘権

2008.03.31

category : 独り言

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依存したくなるのは依存されない人間だからじゃないかと思ったけど。


何かに依存していないと自分の立ち位置を確認できないのはおそらく僕だけではなく、全人類に共通することなんじゃないか。
依存することで自分が生きていることを実感できるし、依存は自分の存在証明であるとも言える。
だから人は誰しもとりあえず何かに依存する。
自分が依存できるものがなくなった瞬間にふっとこう全身の力が抜けてすべて空虚に感じられるあれは、要するに自分の存在証明だとか存在意義を失うことで、つまり肉体的には生きているんだけど精神的にはもう、死亡ってことっすよ。
そうしていつの間にかまた依存できる何かを見つけて、生き返る。

ああ、依存されるってことは、頼られるということは、甘えられるということは、とても素晴らしきことであって、この僕にさえ自信を与えることができるんだろうなぁ。
僕は依存されない人。
"人間的には好きだけど、別に依存はしない"
寄生虫みたいに誰かに依存してばかりはここまでくるとさすがにもういやだ。



ところで

人と交流をしようと思ったときに真っ先に考えてしまうのは
「この人は一体どのくらい僕と仲良くしたいのだろうか」
ということ。
これは異性に限った話ではなくて男でもそう思う。
その人がどれだけ自分と仲良くしたいのか、というレベルよりも自分がどれくらいその人と仲良くしたいのか、というレベルの方が下にあるか同じ位置にあってほしいので、これがかなり気になる。
というか自分がどれくらいその人と仲良くしたいのかのレベルは可動式なので、その人がどれだけ自分と仲良くしたいのかのレベルに合わせて設定することが出来るので、だからつまり向こうのレベルが知りたいわけなんだぁ。
そんな風に思うようになったのは大学に入って人との関係が急にぺらっぺらになってそれにショックを受けてからだと思う。
高校までは一年間動かないクラスがあったので、その中でうまく関係を築いていく必要が多少あった。
大学にはその枠がないし、どこまで関係を築いても自由なので、相手がどのレベルで設定してあるかということが非常に気になるようになったのだ。
それに、高校と比べて初対面の人と仲良くしようとする、もしくはしなくちゃならない機会が多すぎる。
相手の手の内がわからないことには、こっちはどう手を出してよいのかわからない。
しかし人付き合いとはそんなもんで、もちろん相手が「私はあなたとここまで仲良くなりたいです、でもそれ以上は仲良くしたくありません」なんて言ってくれるはずがないんだ。
だからなるべく手の内がわかりやすそうな人と絡んでいこうとするんだけど、僕にそんな選球眼があるわけないので結局は独りになる。
大学は人がたくさんいるようでいて、実は独りしかいないんだと思ってしまう。
臆病って損なことだ、本当に。


あと注文を受けたのでバイトのことにも触れておくけど
バイトは逆にね、こっちが最初に低めにレベルを設定しておくから、だいたいが相手のレベルの方が高くなって、居心地よくなったりしちゃうんだ。
そのうち自然に、大学内でのように期待とか逃避とかの切り札としてじゃなくて、ほんとに自然に心を開いてしまったりして、ますます居心地がよくなる。
やっぱりこういう人間関係の築き方のほうが自然だし、気が楽。
そう考えると大学内での僕はいつも不安と恐怖に圧迫されて、力んだ期待と甘えをもってして人に接しようとするから、だから腹が痛くなるんだ。
ったく、余計なことを考えすぎだ本当に。
ちょっと頭の回転に余裕があるとすぐできるだけの心配と注意を施す。
それが仇になってるのにネェェェェェェーーーーーーーーーーーー!

やっぱりセブンイレブンで働いてよかったと思った。
飲みが終わってから。
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哲学の話ではない、現実の話だ

2008.03.30

category : 独り言

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愛が何たるかを知らない。
しかし世界中では「愛こそすべて」などと叫ばれている。
愛さえあれば他はどうだっていいだとかって。
そうやって愛に絶対的な価値が置かれているが故に、僕にとってそれはいつの間にかとても胡散臭い存在となった。
人は、自分が愛とは何たるかを分かり切っているかのように僕に教えを説く。
それで僕は、ああそうと言う。
僕はひねくれているんではない。
ただ単純に愛を知らなくて、未知のものが崇められれば胡散臭いと思うのが正直な心で、それをわかっているんだかわかっていないんだかもよくわからないような奴が偉そうな口きいてわかったように僕に教えを説く姿が、僕にはとてもみっともなく見える、ただそれだけの話だ。
キリストを胡散臭いと思わない人間が世の中にこれだけ沢山いるとは信じられない。

僕はよく「もっと物事を楽に考えなよ」と物事を楽に考えすぎな人間に言われるが、楽に考えて、先入観も抜きにしてみると絶対は愛ではなく、死だと思う、どう考えてもそう。
その点、仏教はキリスト教よりはるかにすぐれていると思う。
まず愛なんて胡散臭いこと言わないし、生と死を重点的に考えている。
特に死についてちゃんと考えをめぐらしているのが偉い。
日本人は死人の命日を記憶するがアメリカ人は死人の誕生日を記憶する。

どういうわけか、愛と死を同じ天秤ではかろうとするのは僕の中では違和感がないんだよ。

セックス

2008.03.27

category : 独り言

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無理に人に心を開いてみようとすればするほど、人間を信じられなくなっていく気がする。

おい、誰か僕とセックスしてみろよ!

2008.03.26

category : 独り言

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僕は普通以上に普通の人間だ。

秘密の対談(その二)

2008.03.25

category : 独り言

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私「先生、どうしたら人と仲良くすることが出来るんですか」
先生「その前に、君はどうして人と仲良くしたいと思うんだね」
私「えっと、どうしてって、その、あの、ですね、はい、うんと、ええと」
先生「特に理由も目的もないんだろう」
私「いや、そういうわけじゃありません、私がここまで強く思っているんですから、何か理由が、あると思うんですが」
先生「いや、人と仲良くしたいと思うことに理由や目的があってはならないんだ、そうだ、君は答えられなくて正解だよ」
私「先生、私は間違っていないんですか」
先生「ああそうだ、君は間違ってなんかいないよ」
私「そうですか、それはよかったです」
先生「ああ、確かによかった、しかし君、ここの2、3行のやりとりは不必要だったとは思わないか」
私「不必要です、先生、先生のおっしゃるとおりですまったくはい」
先生「そうだな、先生の言うとおり、不必要だな、アッハッハ!」
私「先生、どうして人と仲良くしようとするのに理由や目的があってはならないんですか、教えてください、気になってションベン漏らしてしまいそうです」
先生「ここでションベン垂らされては先生困ってしまうよ、じゃあどうして人と仲良くしようとするのに理由や目的があってはならないのか、今から説明してあげよう、しかし説明をしたところで君の尿意が解消するとはどうも思えないのだ、先生は、君の尿意とどうして人と仲良くしようとするのに理由や目的があってはならないのかの説明との間に何らかの関係性があるという風には、どうも思えない、君は今、先生がどうして人と仲良くしようとするのに理由や目的があってはならないかを説明しようがしまいが、ションベン垂らしたいのではないか、もしそうだとしたら、こうするのはどうだろう、今から君は便所に行って、ションベンを垂らしてくるんだ、その間先生はここでじっと君がションベン垂らし終わるのを待っている、そして君がションベン垂らし終わり次第君は先生のところに戻ってきて、僕のどうして人と仲良くするのに理由や目的があってはならないのかについての説明をきくんだ、どうだ、名案だろう、アッハッハ!」
私「先生は、私の考えていることを何でもお見通しなんですね、私は今少々感激しています」
先生「そうだろう、君は今少々感激していることだろう」
私「はい先生、感激です」
先生「そうだろう、ヒデキ感激だろう」
私「いいえ先生、ヒデキではないです」
先生「そうだな、君の言うとおりで、先生は違っていた、ヒデキではない」



続く

病状悪化

2008.03.25

category : 独り言

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「22日以降の夜10時過ぎに電話しますから、バイト入れる日を教えて下さい」
新しいバイト先でそう言われてから、何の連絡もない。

新学期が近くなり、病状が突然悪化して、孤独を痛感するようになった。
人と関わりたいけれど、それは怖いと思うようになった。
それは去年の6月に陥った症状と極めて似ている。
僕はこの一年間に起こった事実と精神の推移を一生懸命に整理してきた。
6月に突然病気になったのではなく、大学に入った頃から既にもう兆候はあったのだ。
当時のブログの記事を見て、また近頃の春の空気の匂いで思い出される。
僕はだんだん病気になって、その中で6月に突然ねじが外れた。
そのおかげで現在のようにたまに故障する。
思えば僕が戦っていたのはもっと複雑なものだったはずなのに、秋から冬にかけて、それは単に「孤独」へと簡略化された。
散々考えて整理した結果行き着いたのは、僕は「孤独」だというところだった。
加えて僕は意気地なしであるので、人と関わるのが恐ろしい。
人と関わることそれ自体が恐ろしいということではない。
人と関わろうとする努力、それはつまり求めることであって甘えることである。
孤独のせいにしてよいものなのかわからないが、僕は過度の期待を以てして求めたり甘えたりしてしまうので、当然結果が期待を下回ることがほとんどなのだ。
下回れば下回るほど、僕はしょんぼりしてしまう。
僕はそういうことを一年間通して学習してきた。

分かりやすく言うと、例えば物寂しい時誰かに会いたいけど近くにいないかも知れないし向こうの都合もある、電話したいけど出ないかも知れない、メールは無視されるし、たとえ返って来ても遅すぎる場合がほとんどだし文字には限界がある。
そう考えると、誰かと連絡を取ろうとするのは必然的に億劫になってしまう。
一度ねじが外れてしまった以上、しょっちゅう僕は故障するしそれはいつ起こるかわからないので、余計僕の急な事態に対応出来る人間が必要となるわけだが、それに期待していては傷つくばかりなので、そこは我慢して独りで戦わなくちゃならない。

そんな自分をふと顧みると、改めて孤独を痛感するのだった。

ところで

2008.03.25

category : 独り言

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人間って本質的には独りだと思う。

わかんないけど、少なくとも僕はそうです。

秘密の対談(その一)

2008.03.24

category : 独り言

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私「先生、相談があるのですが」
先生「何なんだ、先生に何でも言ってごらんなさい」
私「私、今困ってるんです」
先生「それは大変だ、困った時にはこうするとよい」
私「先生、まだ内容を言ってません、焦らないで下さい」
先生「すまない、わかったよ、先生焦らない」
私「私、人と仲良くするのが苦手なんです、下手なんです、下手くそなんです」
先生「そうだったのか、君はくそだったのか、先生ちっとも気付かなかったよ」
私「先生違います、私はくそじゃないです」
先生「そうか、すまん、先生違っていたよ、君はくそじゃない」
私「そうです、くそじゃないんです」
先生「そのようだね、じゃあよかったじゃないか」
私「そうなんです、よかったんですけど、やっぱりよくないんです」
先生「そうなのか、それは大変だ、で、一体全体どうしたというのだ」
私「私、人と仲良くするのが苦手なんです」
先生「それは大変なことだ、しかしその話はどこかで聞いた気がする」
私「さっきも言ったんですよ」
先生「そうかそうか、そういうことか、笑っちゃうなそいつは、アッハッハ!」
私「あ、先生笑っちゃうんですね、でも笑いごとじゃないんです」
先生「アッハッハ、そうだな、笑いごとじゃないな、アッハッハ!」
私「どうしたら人と仲良く出来るんでしょう」
先生「それはもう、神に祈るしかないな」
私「ええっ、本当ですか先生」
先生「アッハッハ、本当じゃないよ、神なんて世の中にいないんだ、きっとそうさ、馬鹿げているのさ、アッハッハ!」
私「そうですよね、馬鹿げているのだと思います」
先生「アッハッハ、世の中に神なんていないし、先生の頭に髪なんてない、アッハッハ、こりゃ傑作だ、アッハッハ!」
私「そうですね、確かに先生はツルッ禿だと思います」
先生「そうだろう、傑作だろう」
私「いや、傑作ではないです」
先生「そうだな、君の言う通りで先生は違っていた、うん、確かに傑作ではない、アッハッハ!」



続く

2008.03.23

category : 独り言

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目を覚ますと、僕はどうしようもない罪悪感の中にいた。

昨晩突然僕を襲ってきた孤独感は今朝になっても拭いきれなかった。
そして混乱した。
僕は今自分の立ち位置が把握出来ていないのだ。
社会的な、人間関係的な立ち位置ではなくて、自分が今人生におけるどういうポイントに立っていて、どういう気持ちで、何を望んでいて、何をすればいいのか、わからないのだ。
それを意識したところで何も変わらないのはわかっているけど、立ち位置をわかっておかないと、もしまた昨晩のようにバカになってしまった時に、落ち着いて対処することが出来ない。
わかっていれば、おそらく気が狂ったりするのを防ぐことが出来ると思う。
自分が何者で、何と戦っているのかくらいは知っておきたいじゃないか。

と、とりあえずブログに文章を残してはみるのだけど、何の解決にもならなかった。

ブライド(紫色)

2008.03.22

category : 独り言

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軽薄な人間関係に嫌気が差したい年頃なのだろう。

僕は最近大学が始まったらどうしようかということばかり考えている。
どのようにして独りで過ごそうかと。
どのようにして己から孤独を隠そうかと。
とりあえず、講義は真面目に出てしかも前の方で受けようと思った。
人の姿をあまり多く見ずに済む。
それから、空腹の処理は出来るだけ人のいない時間に人のいないところで行う。
どうしても寂しくてしょうがなくなった時は、サークルのたまり場に行ったりしないで図書館で本を読むか勉強をしよう。
授業がすべて終わったら、バイトの時間まで図書館で本を読む。
バイトのない日は、日がくれるまで本を読む。
それから家に帰って、寝たり本を読んだりする。
休日は天気のいい日は散歩をして、雨の日は本を読むか勉強をする。

とにかく、本を読むのだ。
孤独を忘れるにはそれがいいのだ。
僕は本自体さほど好きではないけど、本を読んでいる自分は好き、という典型的バカな若者だから、人に関わりに行ったりせずに本を読むのはちょうど良いのかも知れない。

人にメール無視されるのはさすがにもう慣れたけど、こっちは無視されるためにメールを送っているんではない。
今4人。

私たちの何か

2008.03.21

category : 独り言

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僕が努力嫌いだということは再三言ってるし見ていればそうだとわかるはずだ。
努力が嫌いだし頑張るのが嫌いだ。
めんどくさいのとは違って、嫌いなのだ。
"塵も積もれば山となる"とか"継続は力なり"とかいうありがたいお言葉が僕はたまらなく嫌だ。
胸張って言うことじゃないけど、もちろん我慢とか小さなことからコツコツみたいなのも嫌いだ。

と今まで言ってきたわけだけど。さっきヘアースタイルをチェックしながら突然気付いた。
僕は単に努力が嫌いなんではなくて、何か目標があってそのために努力することが嫌いなのだ。
よく考えたら、特に意味もなく頑張ってみたり努力してみたりするのはそんなに苦じゃない。

ということは…ただの臆病者じゃないか。

執行猶予

2008.03.20

category : 独り言

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僕の負の面を受け入れてくれるのだと思っていた。
マイナス部分をフラットにしてくれるのだと思っていた。
その意味で、僕の悪い点を「それでもいいと思うよ」と言ってくれているのだと思っていた。
そして僕は勘違いを発展させて、甘えに甘えた。

"受け入れたりフラットにしたりするのは恋人の役目で、友達はそういうことはしない"

「それでもいいと思うよ」は「それでも受け入れてあげるよ」ではなくて「私はあなたのお友達で、関係ない人なのでそんなこと私にとってはどうでもいいですよ」だった。
気付いた時には結構崩壊していた。
"Michelle"を聴きまくった。

恋人はフィールド内で、友達はフィールド外だ。
フィールド内にいれば喪失するし、フィールド外にいれば喪失はしない。
フィールド内のものは独占できるが、フィールド外のものは独占できない。
フィールド内のものは管理し整備し、時に治療しなくてはならない。
フィールド外のものは関係ないものだから、ほっといてよい。

僕の場合、次はもう執行猶予がつかない。
罪を犯したらすぐ実刑が下される。
それは、フィールドうんぬんの概念が僕の頭の中で形成される前から、ずっと思っていた。
もうそろそろうまく生きるすべを身につけなくちゃ自分が困ることになる。
困るのはもうお腹いっぱいだし、何よりめんどくさい。

外はヘビーな雨が降ってるぜ。
(2部作、完結)

チャド

2008.03.20

category : 独り言

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YOUTUBEで初めてAC/DCを見て、気に入った。
色々なバンドを見ているうちBUDGIEというバンドを見つけて、それも気に入った。
でも、やっぱり自分が今何を聴いたらいいのか(何を聴いたら満足出来るかという意味だ)わからなくて、今は何故かアヴリル・ラヴィーンを聴いている。
全然いい曲じゃないと思った。

江國香織の「東京タワー」を読んでいるけど、この手の本はもう読まないようにしたいと思った。
僕はちっとも読書家ではないし、文学のことなんてさっぱりわからないけど、メッセージが随所にちりばめられているものよりも全体を通して伝わるものの方が胸に響くと思う。
それから、ストーリーが大きく動くものよりも心が大きく動くものの方が好きだ。
かといってストーリーはあまり動かずにただ日常生活を描写するだけのものはあまり面白くない。
僕は読書家でもないのに、わがままを言っている。

ところで
僕は何かを失うことを極端に恐れる。
落とし物のように物理的なものや、誰かの信頼だったりメンタルなものの喪失も、とても恐れる。
僕が高校を卒業する時は、あっさりはしていたがそれでも少しは寂しかった。
みんなに会えなくなる、ということよりも自分が高校生でなくなることが寂しかった。
それはある種の喪失だった。
しかし一年経った今は、ほとんど何も覚えていない。
クラスメイトの顔も名前もうまく思い出せない。
そういう人間の存在自体長い間忘れていた。
それは失ったんではなくて、もともと僕のフィールド外にいたという証拠じゃないだろうか。
高校の人たちは、嫌いじゃなかった。
というよりどちらかというと好きな方だった。
僕は意外とそういうのをすぐ嫌ったりしない人間だ。
犬も猫も好きだし、子供も好きな方だ。
それと同じように高校の人たちもどちらかというと好きだ。
ただ、僕のフィールド外にいた。
だから僕にとっては、好きっちゃ好きだけど、どうでもいい存在。
失うも何も、所有していないのだ。
「高校生」という肩書きは確かに所有していたから「喪失」したしその寂しさはあった。

こんな風に思えてしまうのは世間から見たらさみしい人間なのだろうけど、それさえどうでもいいと思えてしまうのは何となく遺憾です。
次回に続く。

褒められると伸びるタイプ

2008.03.19

category : 独り言

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昨日はTHE MUSICIANSで集まって、久しぶりにしだちゃんと会った。
ボーカルが帰ってきた。
カレー屋さんで便が悪い話をした。
カレー食べて、帰って寝た。

目が覚めると昼近くになっていて、家には誰もいなかった。
外は曇っていて、今にも雨が降りそうな空だった。
でも空気は春だ。
春は、着る物を選ぶのにあまり困らないから好きだ。
夏はTシャツばかり着ることになるし、冬はたくさん着ないと寒い。
秋は油断していると夕方急に寒くなったりするので、春のこのふらふらした空気が僕にとっては一番服を選びやすくていい。
今日はあまり用事がないから、珍しく勉強でもしようと思っていた。
ところが勉強というのはいざとりかかろうと思うと急にやる気がなくなるもので、とりあえず外に出かけようと思った。
カセットプレーヤーでビートルズを聴きながら、野川沿いにぶらぶら散歩した。
愛や恋について、抱き締めたりキスしたり体が触れ合ったりすることについて、人生について考えようかなと思ったが結局何も考えないでぶらぶらした。
30分くらいで帰って、いい加減勉強しようと思いTOEICの参考書を開いた。
少しして、いつの間にかベッドの中に入っていたことに気付いた。
でいつの間にかうとうとして来て、一時間近くベッドの中でうとうとした。
後半は下半身を触って遊んだりしながらうとうとした。
その後は、新しいバイトの面接に行った。
少し雨が降っていた。
移動中何の音楽を聴いたらいいかわからなかったので、意外にも木村カエラを聴いた。
面接は受かって、来週から仕事を覚えることになった。
雨が強くなっていたので傘を買って帰った。
今のバイト先に、最後のシフトの予定を提出しに歩いて行って、歩いて帰ってきた。
今日は大した1日ではない。
無機質だ。

でも、両親の結婚記念品だ。
銀婚式なのだ。
今日はそんなもん。

なりゆきにまかせて(例え話が下手)

2008.03.17

category : 独り言

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何が不幸かってのは比較的わかりやすいことだけど、何が幸せかってことはわかりづらい。
もしかしたらその時点では判断することができないもので、何年かしてみないと、下手したら死んでからでないと幸せだったかどうかわからないものなのかもしれない。
また、もちろんその判断は他人がすべきものではない。
だいたいの人間は幸せになるために、幸せに生きるために日々人生を送ろうとしているだろうと思う。
そしてこの僕も少し前までは何とか幸せになってやろうともがいていた。
「幸せは手に入れようとするんじゃないんだよ、幸せを感じることの出来る心を手に入れるんだよ」
という甲本ヒロトの言葉は美しく印象的だが、どうも僕には受け入れられなかった。
何でもかんでも幸せだと思い込もうとするのは妥協しているようで嫌だ、とかなり低い次元で概念を捉えてその言葉を拒んだ(今でも変わらない)。

少なくともここ数日間の僕は不幸ではなかった。
そりゃもちろん街で仲良く歩く高校生のカップルを見ては腹が立ったし、夜中に突然不安になって家の中で独り怯えることはあったが、それは日常茶飯事だし決して癒えることのない一生傷のせいだと諦めがついているので(というのは後になってからじゃないと言えないことだが)、別に不幸だとは思わなかった。
「あれは幸せでこれは不幸だ」
などといちいち確認している時期というのは自分が不幸だと思っている証拠なのではないかと思う。
さほど不幸でないときは何が幸せで何が不幸かなんて考えたりしないものだ。
考えても、そんなに深くまでもぐりこんだりはしない。
そう考えていくと幸せってのは不幸じゃないことなのではないかと思う。
幸福論を二元論で片付けるのはいかにも軽率なような気がするけども、事実幸せなやつってのは自分が幸せであることさえ気付いていないくらい幸せだったりするわけで、でも不幸な人間は自分のことを不幸だと思っていて、だから要するに不幸な人以外は幸せなんじゃないかって思えるんだよ。

しかしそう考えてしまうと今の僕は幸せになってしまうわけで、それはとても気持ちが悪い。
今まで必死にもがいて苦しみながら望み求めていた幸せってコレ??
現在の僕の不幸じゃない状態、というか比較的精神が安定している状態ってのは、数々の妥協の結果こうなったものだと思う。
あれもダメ、これもダメ、それも諦めなさい、そうやってたくさんの出来事が僕を否定して、あらゆることを許容せざるをえなくなった。
そんなことを繰り返していくうちに、以前より多少心が広くなったと思う(それでもまだ許せないものはたくさんあるし、手に入れたいものもたくさんある)。
人は諦めることによって成長するんだ。
甘やかされてばかりじゃいつまでたっても大人になれないのだ。
と自分に甘い僕が言ってもあまり説得力はないのだが。

話が少し脱線したのでもとに戻したいと思う。
とにかく挫折と妥協の繰り返しによって生まれた現状を、幸せと名づけるのはどうも嫌だ。
「不幸じゃないだけ」にしておきたい。
本当は高級ステーキが食べたかったけど、それはどうしても無理みたいなのであんぱんで我慢します。
その辺の雑草とかじゃないだけまだ幸せでしょ?
それにお腹に入っちゃえばみんな同じで、ほうらあんぱんでも幸せなんだよ。
というようなもんであって。
あんぱんはうまいからいいけどね。

そうなるとたちまち最初の方で力説しかけた「幸せとは、不幸じゃないこと」説との間に矛盾が発生して、僕の頭がパンクする。
僕は一体いつになったら
「結局幸せについて考えるのって無駄なことなんだな」
と気付いてくれるんだろうか。

ウィンドウ

2008.03.16

category : 独り言

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ドラマチックなものに憧れ過ぎてはいませんか。

小説やドラマで描かれる人物は感情が豊かで、我々の心を揺さ振るものがあります。
主人公が不幸であればあるほど我々は感動したりするものです。
その姿がかっこよく見えたり美しく見えたりするものです。
だから我々は自分を不幸だといって美しくなりたがるものです。
一概には言えませんが。
「不幸=美」の構図はわからなくもないものです。
でも無理に自分を不幸だと思い込む必要はないのだと思います。
そうやって不幸だと思い込む姿は、今になって考えるととてもカッコ悪いし美しくなかったと思います。

大人ぶってるだけで何もわかっちゃいないです。

寂しい夜に

2008.03.14

category : 独り言

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もっともっと寂しくなってしまう前に、早く寝てしまおうと思った。
別にブログに書いて皆さんに公表するほどのことでもないが、忘れてしまうので。
早く寝てしまえば、ちょっと寂しさが抜けた朝がやってくる。
そして夜までなるべくまた寂しさを蓄積しないように努力する。
そういう日々を過ごしていれば、それに慣れることが出来れば、結構楽に生きられるのになぁ。

早く4月になれと思う。
寝る。

交通費にまつわる心温まる話

2008.03.13

category : 独り言

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交通費が嫌い。

お金を使うのは、本来なら楽しいことだと思う。
だって払ったかわりに何か得られるのだから。
自分のお金が減らないんなら、底なしなら、消費は文句なしに楽しいことだと思う。
しかし移動にかかる費用、いわゆる交通費というやつは、払っても物理的な何かを獲得することがない。
まあ確かに電車とかって便利は便利だしないと困るんだけど、お金を払っても"喜び"を得ることが出来ないのだ。
食べ物を買ったり本を買ったり、楽器とか趣味のものを買う時って少なからず"喜び"を得ることが出来る。
その可能性を持っている。
しかし電車賃にはその可能性はない(と言っても過言ではない)。

同じ電車賃でも、旅の時に利用する、新幹線とか夜行列車とか、長距離電車だったらまだいいんだ。
まだ"喜び"を獲得する可能性はある。
僕はバンド練習のために吉祥寺に出向いたり立川に出向いたりする際にかかる交通費が馬鹿馬鹿しい。
バンド練習の喜びは、スタジオ代としてきっちり買っているので、電車賃で得られる喜びなんてのは移動の喜びしかない。
移動の喜びにいちいち160円も払ってらんないのよこっちは。
僕にとって中央線のわずか3、4駅間の移動の喜びなんて、1円くらいしか価値がないのだ。

交通費が財布の穴を広げるのが気にくわない、と僕は言っているだけのことです。

じゅげむじゅげむごこうのすりきれ

2008.03.13

category : 独り言

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価値観を人に押し付けるのはよくないです


とか言われるけど
人間誰しも価値観を人に押し付けようとするものだし
それはその人と共通点を持ちたいが故にすることなので
それをあたかも何かとても悪いことをしているかのように言うのはよくないと思います
そうやって価値観は人によって様々だなんつってもっともらしいことを言ったって
それじゃあ話が進まないでしょうが
そう考えるとやはりこの世は俺のものと考えた方が話がわかりやすい
となるとやはり君のは悪趣味だと思う

はいはい疲れた




うちの親は皆さんご存知の通りいわゆる過保護ってやつで
僕にやたらと介入しようとしてくるんだ
特に母親
母親の母親が、つまり僕のばあちゃんだが
結構ほったらかしな教育をしていたらしいので、僕には出来るだけ愛をそそいであげようという
そういうわけらしいです
でもそんな空回りな愛は結構うっとうしいので(ていうか愛なんて知らんぞ)
僕は自分の子供が出来たら結構自由にしてあげようと思う
自由とはすなわちほったらかしのことで
そうすると今度は僕の子供は自分の子供に対して過保護になってしまうんじゃないだろうかと
するとそいつは自分の子供をほったらかしにしようとするのでは
そんな感じで交互に繰り返していくんじゃないだろうかという仮説を結構前に立てた
そういういい話でした

はいはい疲れた





僕はテキトーに生きたい

今後の予定

2008.03.09

category : 独り言

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これからはある程度先の見通しを立てといて生きていこうという指針のもと、今後の予定を作成する。


2年生になったとたんいきなり彼女が出来る。
"大学に行けば黙ってても彼女が出来る"というわけのわからない仮説がとうとう立証される。
そしてひとときの幸福を噛みしめながら、やっぱり孤独と闘う。
彼女は大学が一緒なんではなくて、地元のどっかその辺に転がっているという設定。
大学にいる間はもちろん友達がいなくて、作る気もないので結局孤立する。
独りで登校し、独りで受講し、独りで飯を食って独りで帰宅する。
そして、独り部屋にて就寝。
もしくは帰宅の前にバイトが挟まって、そこでいくらかの人間との交流があるものの、特に発展せずに独りで帰宅し、独り部屋にて就寝。
再び独りで登校し...の繰り返し。
彼女がたまに"遊んでよ"とせがむのでたまに遊んで、"ありがとう"といわれて"どういたしまして"と言って帰宅して一人部屋にて就寝。
夏ごろいきなり彼女がパワーアップして、なんとなく面白い感じになる。
僕は夏にバンドメンバーと海外に旅行するが、帰ってきたかと思うと彼女が"さみしかった"と言うのでとりあえず自分もさみしかったことにして、二人で泣きまねごっこをする。
秋になり彼女が物凄くパワーアップして超寂しがり屋になっていて、"一日中遊んで"とせがむので2時間くらい遊んで、帰宅して独り部屋にて就寝。
その後調子に乗って"俺の彼女は、睡眠だ!!"とわけのわからない発言をしたことから二人は別れそうになって、しょうがないので一日中謝罪して、そんな日々が3ヶ月くらい続いたせいで単位をだいたい落とす。
留年の危機が迫り、親が怒り、彼女が泣き、僕はそんな時何をするかというと独り部屋にて就寝。


寝たいだけなのか。

池袋巡業

2008.03.07

category : 独り言

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女子高生のパンツ見たいですか。

それはともかく池袋に行った。
一年ちょっと前かと思うんだけど、マルイで見かけたコンバースのキリン柄のスニーカーに一目惚れして、8000円くらい出して購入した。
それ以来とても気に入って履きまくっていたんだけど、ボロボロになって靴下が見えるくらいに破れてしまったので、同じものが欲しいと思ってインターネットで調べたら池袋にあるという情報を掴んだので行きました。
せっかく都会まで来たのだからということで色々見ていこうと思ったんだけど、何しろ人が多すぎるしよくわからない街なので、とりあえずディスクユニオンとかジュンク堂とかイシバシ楽器に行って少し買い物をした。
最近金回りがよくてさすがに心配だ。
先日はThe Whoのファーストアルバム"My Generation"を 2280円で買った。

それはそうと
女子高生のパンツ見たいですか。
最近はそうでもないよなぁとか思いながらPARCOのエスカレーターを下っていると反対側から女子高生が上がっていったので、思わず見上げてしまった。
僕はこういう自分がとても嫌いだ。
そうでもないと思ったばかりじゃないか。
以前自分の下心やら性欲やらがとても嫌いで自己嫌悪に陥っていた時期があったが、それは結局僕だけじゃなく男はみんなそう、ということにして一度はおさまったのだ。
しかしやはり情けないんです。

あまりそういうことを長く考えててもどうしようもないので、というか疲れたので、池袋巡業はそこで終わることにした。
結局パンツ見えなかったんだからそれでいいのさ、自分。

帰りに"包家豚まん"と大きく書かれた看板のお店を通りがかった。
これは何と読むんだろう、"ホウケ"豚まんかな。
何か包茎の豚みたいだな。
いやいや豚は、っていうか動物ってみんな包茎なんだから別に"包茎の"はつけなくていいんだよ。
"ムケてんのは人間くらいなんだから、包茎の人達はそんなに自信を失わなくてもいいんです。"
とかいうようなことをズルムケに言われても、何の励ましにもならなくてムカつくだけなんだよなと思う。
だいたい何でそんなこと知ってるんだっけ。
そういえば僕はおちんちん博士だった。
高校生の時、受験勉強する時間も惜しんでおちんちんの勉強に励んでいた自分を懐かしく思い出し、思わず"いやバカでしょ"と独りつぶやいた。
結局使い道のないものの研究ばかりしていたのだ。

もう、性的なことを考えてても何も生まれないので、やめよう。
ということばかり考えながら帰宅した。
しかし池袋は遠い。
フラフラ…。

バーモント

2008.03.06

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今すれ違ったあの男は、もしかしたらあのコの元カレなんじゃないかとか
そういうわけのわからない想像から、僕は人の多い場所を嫌う

今カレも嫌いだけど、元カレはもっと嫌いなんだ

"恋人"や"友達"なんてただの"二人の関係"の呼称に過ぎないし、あるいは"先輩後輩"、"学校が同じだというだけの関係"、"住んでいる国が同じだというだけの関係"でもいい、関係の呼称はもちろん、もはや仲良くなれるものなら見たこともないその辺のストレンジャーでも別に何ら変わりはないんだ

と思ったりする自分もいるが、やっぱり恋人ってのはいいもんだろうという認識に回帰することもあり
僕の考えてることはかなりあいまい

仲良く二人でいる男女を見るといらっとくるくせは結局高一からなおらず
やっぱ"ロマンチスト~君にメロメロ~"は最強

もしも例えば、これは例えばの話だが、
夜中に女の子と二人きりで公園に行って話をしたりすることがあったとして
そりゃもちろん僕にとって素晴らしいことだしうらやましいと思う
しかし高一の時の僕がそれを見たら
脳内射殺の対象になったのではないかと
今の僕でもいい
すごく腹立つだろう
単純でイチコロなにんげんだ

いや、風邪じゃないもん。

みけるずみけるず

2008.03.05

category : 独り言

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5時に寝たが9時半に起きてしまい、午後の予定までに相当暇が出来た。
僕が朝飯を食う前に母親は仕事に出かけてしまい、家には僕一人きりとなってしーんとした。
朝飯を食うでもなく僕は外に出てみた。
日が出ていてぽかぽかしていたので、ジャケットは着なくても十分だった。
とりあえず近くの本屋まで歩いていってみたが、広告批評の最新号はまだ並んでいなかった。
天気がよかったし、それより何より気分が良かったのでもう少し歩こうと思った。
東八道路沿いに一人でのんびりと散歩をした。
南半球にいても小金井にいても、僕のやることはあまり変わらなかった。
一人でのんびりだらだらする。
サンクスで缶コーヒーを購入して、僕は何故かわからないけどメチャクソ気分がよかったので、その缶コーヒーを信号を待ちながらひどくかっこつけて飲んだ。
自分が気持ち悪いと思った。
信号を待ちながら、歯磨き三四郎のことを思い出した。
僕は自分でこの記事が大好きなのだ。
しかしそれにしても最近は抱きしめるという行為について考えなくなった。
現実とあまりにも遠くかけ離れているだけあって想像力が働かなくて、なかなかイメージしづらいのだ。
その辺のことはどうでもいいやと思った。
そう思えたのも、バカみたいに気分がよかったからだ。
そんな稀に見る穏やかな僕のひとときに、The WhoのHeaven And HellやらThe Real Meやらを聴いていて、僕はノリノリになってさらにバカみたいに気分がよくなった。
最近本当に、The Whoが好きすぎてたまらない。
The Whoまみれの日々を送っていて、思わず僕はキース・ムーンになっちゃったような錯覚におちいる。
別におちいらないが。
途中からLed Zeppelinに切り替えた。
The Whoの中期・後期はLed Zeppelinと変わらないだろう。
そういうよくわからない理論でRock And Rollとかを聴いて、さらに気分上昇するのかと思いきや、僕の足はこの小散歩のみで疲れきってしまったようで、テンションがいくらか下がった。
運動をしなすぎなんだ。
唯一今年の初めから再開していた腕立て伏せ×100という、これは運動じゃなく筋トレだという意見を無視しながら行っていた日課さえ、オーストラリアに行ってからとまってしまった。
根性無しなのではない。
めんどくさいんだ。
どっちにしてもあんま意味はかわらない。



いや眠いんだ眠いんだ眠いんだそれだけなんだ疲れきっちゃったんだ

僕は怒っています

2008.03.04

category : 独り言

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電話。
家庭用電話機にはファックスやコピーの機能までつき、携帯電話はもはや何の機械だかわからないほどたくさんの機能がついている。
しかしもともとの電話の機能はというとだね。
電話機が発明されてから何十年という年月が経っているのにも関わらず、今でもなお音が悪いのはどうしてか。
どうして、そばで喋っているくらいの音質に出来ないのだろうか。
現代の技術があればそれくらいお手の物なんじゃないですか。
ごにょごにょ言っててよくきこえねえんだよ


自動販売機。
のおつり取り出し口。
あれは小さすぎるしかなり下の位置にあって、中から小銭を取ろうとすると必ず何枚か残るか、落っことしてしまう。
取り出しづらいったらありゃしない。
お金落としちゃうよねぇあれ?
なにそうやって自動販売機の下に小銭をもぐりこませてセコセコ稼ごうっていう魂胆?
根性がきたねえんだよ


自動切符販売機(JR)
160円なら160円のボタンを選択するじゃないですか。
でお金を投入しようとするんだけど、ちょっと財布からお金を取り出すのに時間がかかるとあのバカはすぐに"お金、またはカードを投入してください"的なアナウンスをする。
そのアナウンスが流れる前に全額投入できればいいのだが、だいたいが間に合わない。
あのバカはせっかちなんだ。
しかもアナウンスが流れている最中にお金を投入したらとまってくれればいいのに、アナウンスは中断しない。
今入れてんじゃねえかよ


自動切符販売機(JR)
例えば160円の切符を買うのに1010円を投入したら、850円のおつりが返ってくるじゃないか。
でもそれはもちろん500円と100円3枚、それに50円玉で返ってくることを期待して入れているのに、たまに100円が8枚出てくるパターンや10円玉が5枚返ってくるパターンがある。
100円8枚ももちろん相当腹が立つのだけど、もっと腹立たしいのは10円5枚パターンだ。
俺は50円玉が欲しくてわざわざ1000円にプラスして10円入れてんだよ、50円を全部10円玉で返してどうすんだよ、このバカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ。
と券売機の前でささやく僕(19歳♂)。
気が利かなすぎじゃねえかよ

下手くそ下手くそ下手くそ下手くそ

2008.03.04

category : 独り言

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僕のGoogleの検索履歴を見ていたら、何故か"うおおおおお"と"ばしゃばしゃばしゃ"と"アベベ"があった。
他にも"がちゃ目"、"モミダッシュ"、"モミモミダッシュ"、"かにとはげるぜ"、"女子高生"があって、ほんとに僕はバカタレなんじゃないかと思った。
しかし"モミダッシュ"と"モミモミダッシュ"では検索で出てくるものが違って面白い。
うーん、このバカタレが。


ブログのURLを人に教えても、"昔は見てたんだけど最近は見なくなっちゃった"とか"URLどっかいっちゃった"とかいう人が僕の周りで噴出してきて、とても悲しい。
僕にとってのブログとは一つの意思疎通の手段でもあり、なかなか面と向かって自分を表現したり何を考えているのかを伝えるということが出来ないので、かなり重要な存在だというのにも関わらず、彼らはmixiの日記ぐらいのレベルに思っていて。

ムキーーーーーーーーーーーーーーーーーってなる。
猿ではない。







ああコメントが欲しい。

芸術と、音楽です

2008.03.03

category : 独り言

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特に強く生きたいだとか死にたいとかっていう風には思わなくなったが
生きるなら生きるで意味のある生き方をしたいし
死ぬなら死ぬで意味のある死に方をしたい
やっぱり何をするにしても意味がないと意味がないんすよ
意味があるってのと目的を持つってのは違ってですね
意味があるってのは範囲がその行動を起こす前にも最中にも後にも及んでいて
目的を持つのは行動を起こす前だけなんだよね
ですから目的を持たなくてもいいから意味のあることをしましょうよと
と言っておきながら僕はあんまり意味のないことばかりを普段やっているんですがねー


音楽は芸術の中でも代表的なものとして存在していますが
絵や文芸なんかと違って人びとの生活に、より密着していると思うんです
絵を見たり描いたり、または文を読んだり書いたり
それは一日一回はあるかもしれないけどないかもしれない
その点音楽は一日のうちで一回も耳にしなかったり
口ずさんでみたりしないことはほとんどない
たとえ何も聴かなかったとしても頭の中でメロディーが流れてたりするでしょ
頭の中で絵を鑑賞したり本を読んだりはしない
何を言いたいかって
それほど音楽は芸術の中でも人間の生活に近い異質な存在だということ

僕は広告批評という雑誌を読んでみて
人の感性を刺激できるような人間になりたいと思った
将来はそういう仕事が出来たらいいなと思った
まあ将来と言っても3年後だが
感性の刺激 それは正に芸術
感性を刺激する方法は数多くあると思うのだが
その中でも音楽ってモノは異質だなあと思ったのだ
さっきも言ったように
他の芸術の分野と違ってほとんどすべての人が音楽と関わり合いを持つ
人間の体の一部みたいなもんじゃないだろうか
そういう誰にとっても当たり前みたいな存在に感性の刺激がどうたらと言われても
ピンと来ないんじゃないかなぁと
芸術的なすばらしい才能を持つ音楽家とジャニーズが同じ天秤で比べられようとしている事態に
僕は少々戸惑う
それに音楽は―特にロックンロールなんかは―かっこよけりゃOKみたいな部分もあって
それも感性の刺激というやつなのかもしれないけど
かっこいいということと感性の刺激ということは完全ピタリと重なるようには思えないんです

そう考えてみると
僕がやりたいと考えている芸術と
音楽とは切り離して考えた方がよいのかも






興味のあることは
芸術と、音楽です






なんつって

帰国処女

2008.03.02

category : 独り言

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村上春樹「ノルウェイの森」で印象に残ったことは

死は生と対極としてではなく、その一部として存在している

そうそう、そういうことなんだよ。
それと関連して僕はこんなことを考えた。

死は生からの逃れではなく、生が死からの逃れなんではないか。

これは単に「死ぬのがいやだから生きる」という意味ではなくて、死を日常、生を非日常として考えた。
死が袈、生が晴れ。
死が現実であり、生が空想。
これだけ説明しても意味は全くわからないと思うんだけど、これは要するに死の持つ有益性について考える時間と生の持つ有益性について考える時間のバランスの問題なんだ。
だから「死は生からの逃れ」と比較出来るものではないんだが。
「死んだ方がオトクだ」と考えてる時が通常で、「生きてる方がオトクだ」と考えてる時は異常事態なのだ。
死の有益性から逃れるために生の有益性が存在する。
死からの目線での「生は死からの逃れ」ということなんだが、もちろん死ぬのが怖いから生きているというのもあって、言ってるオイラもよくわからないけどねー。

ただ、今さら「こういう人間になりたかった」とかってのは思わないす。

体調を崩す

2008.03.01

category : 独り言

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帰りの電車でもーちゃん似のインド系外国人がいたので思わずたじろいだ。

TOKYOに着くと、さっきまで夏だったとは思えないほど僕は冬モードに切り替わった。
うーん夏だったなぁ。
やっとオーストラリアに慣れてきた頃に、帰国とは。
色んなことに慣れてきたんだ。
女性は基本セクシー。
$1.99とかだと$2払うことになる。
テレビ局によっては夜有料チャンネルじゃないけどちょっとエッチな映画をやっている。
駅には改札がない。
店は5時くらいで閉まっちゃう。
ホテルのドアは下に隙間が開いてるので、外からデカいクモとか普通に侵入してくる。
すぐ雨が降る。
暑い。
牛乳がやけに日持ちする。
蛇口はたいてい期待してた方向と逆の方向にひねらないと出ない。
ホテルの人は、こっちが英語を理解してないとちょっと怒り気味になる。
スーパーで売られているジュースは、売り場に表示してある価格よりレジに持っていって実際に支払う価格の方がはるかに安くなっていることがある。

そういうことを学んで来たわけでした。
ただいま。
プロフィール

ひが

  • Author:ひが
  • The 新社会人

    怒濤のコンプライアンスでやんす
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