名も無きブログ

音楽×自転車×雨=ひが

「ちょっとした」相対音感

2008.07.31

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知っている人は知っていることなんだが、実を言うと僕はちょっとした相対音感の持ち主なのである。
絶対音感ではないから、これが実際に何の音であるかとか、つまり雨の音やクルマの走る音が「あ、ソだ」とかはわからないんだけど、例えば簡単なメロディラインをちょっと聴けば、キーさえ教えてもらえればエレクトーンとかギターですぐ弾けるのだ。
ギター用語で言うと、よく知らないが、スケールが備わっているのでメロディを聴いた瞬間にそれを正確に(感覚で)把握出来るのだ。
…キーさえわかれば。
このキーさえわかればというのがポイントで、相対音感ではキーはわからないから頭で考えて探していくしかない。
そして相対音感のもう一つの弱点は、曲の途中でアクセント的に転調したり、メジャーコードをマイナースケールのメロディでやられるとわからなくなる。
僕の話の方がわけわからなくなる。
簡単に言うと邦楽はひねりがないから耳コピしやすいけど洋楽は色々とひんまがっているので耳コピしづらい。

「あたし絶対音感持ってるんだー☆」
という奴はたまにみるけど(そしてふーんと言う)、
「あたし相対音感持ってるんだー☆」
という奴は見たことがない。
自分では気付かないのかな。
実は僕はすでに小学校低学年の頃からこの能力に気付いていた(相対音感というものだとは知らなかったしみんな出来るもんだと思っていた)。
これは、軽く自慢である。

絶対音感は「音」を把握するもので相対音感は「旋律」を把握するものなんだ。
そう考えると、絶対音感より相対音感の方がミュージシャンっぽくてかっこよくないか??
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THE TOURISTS

2008.07.26

category : 独り言

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20080726030213
ただ楽器を弾くのが上手かったり歌を歌うのが上手かったりする連中や、楽器の知識とかアーティストの知識が豊富なだけの連中を、見返してやりたいという思いがある。
というか差をつけたいのだ。
僕は技術者でもなければ研究者でもない、ミュージシャンなのでありアーティストなのでありアートなのだ、と言いたい。

イギリス遠征は、そういう面で大きな意味を持つ出来事になるだろうと思う。
いくら楽器が上手くても、いくら歌が上手くても、イギリスでライブをしたいという思いがなければイギリスでライブは出来ない。
いくら知識が豊富でも、イギリスでライブをしたいという思いがなければイギリスでライブは出来ない。
技術よりも知識よりも、純粋な音楽への好奇心、先人や本場への憧れの方が、よっぽどミュージシャンな要素を含んでいると思う。
だから僕らが帰国した頃には、あいつらにはミュージシャンの要素という点においてかなりのリードで勝っていると思うのだ。
技術も知識もないけれど。

でも、ミュージシャンとしてとかアーティストとしてとかそういうの抜きにして、イギリスに行くということはすごく意味があることだと思うのだ。
イギリスでライブできたらかっこいいな、とは思っても大抵の人は本当にやろうとはしない。
大人ぶっているのか、本心では「そんな馬鹿げたこと」なんて思っているのか、何なのか知らないがみんなやらない。
でも僕たちはやろうとしているのだ。
少年のような純粋な好奇心が、僕たちを強く駆り立てているのだ。
大人ぶりたいがためにこんな機会を逃すなんて、ただのバカだぞ♪
「機会」というのは、つまりやりたいと思ったその瞬間がチャンスだというわけである。
THE TOURISTSのメンバーのユーキなんか、海外経験がない。
そんな彼が、物価の高さも治安の悪さも世界トップレベルである、難易度の高いイギリスという国を、彼の初めての外国の地に選んだ勇気を讃えたい。
普通なら行かない。
でもやりたいから彼は行く。
彼もまた少年の心を忘れていないのだろう。
そういうところはミュージシャンとしてとかアーティストとしてとかは抜きにして、人間として評価すべきじゃないか。

※今日の記事で僕が多く批判したのはサークルの連中である。
彼らは典型的な大学生で若者で日本人でバカであるようにしか見えない。

甜菜の盆栽か

2008.07.25

category : 独り言

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刑法を勉強していると、こんな法律が必要ない世の中になればいいのにな、と思う。
勉強する手間を省きたいという意味ももちろん含むが、民法ぐらいで解決出来るような争いごとしか起こらない世の中だったら、もうちょっとかわいいと思うのに。
今のこの国ってかわいくないなー、と何となく思うのです。

しかし僕もまさかまさか枕元に六法置いて寝るとはね。
司法試験何としても突破!
な学生みたいだね。
置く場所がないだけなんだけどね。

ところで家の中にバッタは侵入するわカメムシは侵入するわで夏が嫌いになりそうだ。
でも、夏が嫌いになりそうな理由はもっと別にあるんだ。
浴衣とか、花火とか、水着とか、プールとか、ブラジャーが透けているワイシャツとか、部活帰りとか…
いつまでもトラウマにやられている暇はない。
うぎゃあ。

THAT'S 雑

2008.07.24

category : 独り言

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うちの両親は二人して質が悪いと思う。
と、言おうと思えば悪口などいくらでも出てくるんだが。
でも、まあ嫌いにはならないでしょう。

下駄を長時間履いていたので足の親指の皮がすごくかたくなって、エイヒレみたいな感じになった。
下駄ってサンダルと違って硬いし真っ平らなんだ。
すごく疲れるんだ。
女の人がハイヒール履くの疲れるらしいけど、こんなに疲れるもんなのかしら。
井の頭。

"こんばんはー。夜分遅くに申し訳ないっす。東山です。ベースです。
とてもとても申し訳ないんだけど、夏に海外に行く事情によりロックフェスのスタジオ練習は9/13以降にしてもらえんでしょうか??もらえんでしょうかというか、8/31~9/12は日本にいないのでスタジオ入れないです。

ギリギリになるかも知れないけど申し訳ないです!!"
というメールを、女の子に送った。
9月の後半に、中大の色々なサークルがごちゃ混ぜになってバンドを組んで出演する"中大ロックフェス"なるイベントがあって、僕は木村カエラのベースをやることになったんだが、そういう事情であまりスタジオ入れないですごめんなさいということを伝えるべく、ボーカルの女の子にメールを送ったのだ。
近頃はこういった事務内容のメールでも、女の子に対しては非常に緊張する。
どうしたら"無視"という形でメールが中断されることなく、"さようなら"と綺麗に終われるだろうか。
どうしたら"こいつ変な奴だなぁ"という印象を与えることなく言いたいことを伝えられるだろうか。
曼茶羅ライブ宣伝メールの時も勇気が必要だった。
面と向かって喋るにおいてはもっと緊張する。
サークルの後輩の女の子二人(1人は年下、1人は年上)に、勇気を振り絞って話し掛けていってみて、曼茶羅ライブの宣伝をした。
たぶん、変な奴だと思われてしまった。
ひがちゃんショック!
どうしたら普通に出来るんだ…。
今や僕にとって女の子に話し掛けるということは、警察に"てめーら権力振りかざしてポイント稼ぎしてんじゃねーよ"というに等しい(つまり言いたいけど怖くて出来ないということだ)のである。

で、最近日記的なことをあまり書いてないから手短に書いておくと、吉祥寺に航空券のお金を支払いに行って須藤に一万借りて支払って、それから飲んだり予定話したり平田の家に行ってキンクスとか聴きましたとさ。

かなり雑。

50円

2008.07.22

category : 独り言

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何を隠そう昨日はオナニー(0721)の日であった。

……うん。
出だしの話題間違えたと思ったよ。

急に告知をさせていただきたい。
僕はTHE MUSICIANSという3人組になったバンドでベースをやっていて、稀にギターをやって歌ったりしている。
そのTHE MUSICIANSがこの夏、企画ライブをやるというのだ。
その名も、THE MUSICIANS PRESENTS "THE ROCK SUMMIT"、になったんだっけ結局??
2008年8/20(水)、吉祥寺ライブハウス曼茶羅にて。
出演はTHE MUSICIANS、THE HEARTACHERS、STARTING POINT、くらんくらん、THE TOURISTSの全5バンド。
何だか英語だらけで読みづらい。
THE TOURISTSは夏の終わりにイギリスツアーを敢行する(観光する?)という今話題のロックンロールバンドで、今回が初ステージとなる。
チケットは前売り¥1600で当日¥1800。
メンバーとお友達、という方は少し値引きして売っているという話もあるとか、ないとか。
OPEN18:30でSTART19:00なので、昼間用事があるという方も安心して来られるにちがいない。
きっとそうにちがいない。

あまりやる気を見せないTHE MUSICIANSがライブを企画するなんて、滅多にないことだと思う。
もう、これは絶対に、来たほうがいい。

僕は曲を書くかブログを書くことでしか自分を表現することが出来ず、自分を表現した曲を披露する場はライブしかないわけで、だから自分のことを見てもらうためにはライブに足を運んでもらうことが必要であって、そこに生きる意味を懸けているのにも気付かずに、
「チケット50円なら見に行ってあげる」
とかいう人がいて凹む。
僕の存在価値は50円か。

うんこ

2008.07.19

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それは人に強制されてするものではない。
しかしそれは今の私にとっては課題のようなものである。

試験が近いから、私は今日わざわざバイトを入れず、一日に何の予定も入れなかった。
そして、試験に備えようと思った。
バイトは往復だけで40分はかかるし着替えたりなんやかんやしていると、結局働かずとも1時間は時間がつぶれてしまうのだ。
だからちょっとでも時間が惜しい試験前には、絶対にバイトをしたくない。

しかし、だ。
そんな僕の思いを知ってか知らずか、店長の心無い一言。



「検便を、土曜日の12時までに必ず出して」


ケンベン・・・?
僕は検便の提出期限をおととい初めて知った。
そして昨日容器を持ち帰り、今日は土曜日。




つまり今日中にわざわざうんこ出しに20分間自転車漕ぎ続けてバイト先に向かわなければならないのである。
この、試験前に。
言うの遅すぎ。


しかしそれ以前に、食ってないからうんこが出ないのである。
うんこが、出ない!!
うんこ出したい!!

僕は、うんこしたい!!

疲労感

2008.07.18

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高校の人から、「成人の日に同窓会やるから出欠の確認するために返信ください」なメールが来て、無視した。
高校だって??

僕は過去を掘り返したくないのだ。
過去には過去のままでいてもらいたいのだ。
せっかく色褪せていたのに、その色を取り戻してほしくないのだ。

当時は、それなりに頑張って青春しようとしていた僕だったが、今となっては消したい過去だ。
普通逆じゃない??
普通「あの頃は気付かなかったけど、今思うといい思い出だったなぁ」じゃない??
過去の思い出は、よき物も悪しき物もすべて黒く塗り潰して、悪い思い出にしてしまった(それも覚えているものだけで、忘れたやつは忘れた)。
僕の思い出は"Paint it black"された。
僕の思い出は「黒く塗れ!」された。

過去を思い出すのはつらい。
アルバムを開くのは成功者のやることだ。
THE BLUE HEARTSの「1000のバイオリン」の中の歌詞
誰かに金を貸してた気がする
そんなことはもうどうでもいいのだ
思い出はあついとたん屋根の上
アイスクリームみたいに溶けてった
という部分が、どうも今を生きたいという前向きな気持ちよりも過去を振り返りたくないという後ろ向きな気持ちに見えてしょうがない。
バイト帰りに自転車を走らせながらこれを聴いていたらちょっと泣いてしまって、そのあと交番の前にかぶと虫が落ちているのを見つけた。

女の子と二人で過ごした時間を忘れるために、1人でその場所を訪れて思い出を更新した。
当然その時は鮮明に思い出されてしまって涙が止まらない。
しかしこれで、次に来た時には1人で来た時のことが思い出される。
僕は普段から必死にそういうことをやっている。

それから、好きだった人を好きだった気持ちを忘れるには、ショック療法がかなり効果的ということを習得した。
要するに彼氏と一緒に授業を受けていたり歩いている姿を見て、脳内の淡い理想像を強制的に破壊するということだ。

僕は疲れ果てた。
過去にすっかり打ちのめされて、トラウマや、トラウマが生み出したコンプレックスが、許容範囲を狭めて、僕の行動を規制しているのだ。

僕はもう疲れた。
I'm so tired...

日傘

2008.07.17

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私は、日傘が許せない。
私は、黒い日傘が許せない。
私は、黒いひらひらの日傘が許せない。
私は、黒いひらひらの日傘を差した女性が許せない。
私は、黒いひらひらの日傘を差した綺麗な女性が許せない。

日傘は、邪魔だ。
雨の日でも嫌なのに、晴れている日に傘なんか持ち歩きたくない。
黒い日傘は、熱を吸収する。
黒い日傘は、逆効果だ。
黒いひらひらの日傘は、日光から身を守るという目的よりもおしゃれの目的の方が先行している。
ひらひらは必要ない。
黒いひらひらの日傘を差した女性は、おしゃれ気取りで好きじゃない。
別にそんなに素敵じゃない。
黒いひらひらの日傘を差した綺麗な女性は、モテるから嫌だ。
綺麗な女性が慢り高ぶっている姿など見たくない。

私の価値観がまた笑われてしまうのが目に見える。

素直に

2008.07.17

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素直に生きろとよく言われる。

素直って何だよ
おまえは素直なのかよ
俺は自然に生きてんだよ
俺は普通に生きてんだよ
それじゃだめっていうのかよ

とは言わないけれど。
日常の至るところで僕は自分の価値観が否定されるのを眺めていなくちゃならないのですね。
僕の自然が世間の不自然である限り、安心して暮らせることはない。

夏だ。

2008.07.15

category : 独り言

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僕は器用だが要領が悪い。
トラウマとコンプレックスが案外力強い。
僕は頭がおかしい。
頭で考えることも心で感じることも大して変わらない。
通常の人間に適用される対策法が僕に適用されない。
ほっとかれるのは本当に本当に恐ろしい。
そういうことに最近気付いた。

今日また一つ、女の子のアドレスが増えたが、それは僕をひどく恐怖と不安に陥らせるものとなる。
僕は独りで戦わなくちゃならないんだ。
夏だ。

くそったれ

2008.07.14

category : 独り言

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ゲームやりまくるとか、ほんとクソ!
ゲームするくらいなら何もしない方がまし。
だせー。
ほんとにほんとにだせー。
「自分がゲームやらないからそうやって批判するんでしょ」とか言ってる奴は本当に見苦しい。
見苦しいというか、クソ!

アニメも一緒だよ、くそったれ。

ところで二郎

2008.07.13

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2008年も、気付けば半分が過ぎた。
あと半年、今年はいい年に出来るだろうか。
少なくとも現時点では、最低の年だ。
色々(友達とか、あと諸々の感情とか)失い過ぎているわ、疲労感が取れないわ、病気になるわ、相変わらず頭おかしいわ、最低だ。
自分が頭おかしいことに関しては最近ようやく気付いて、早いとこ何とかしたいと思っている。

よくないことばかり起こるのはもしかして、初詣に行かなくなったのが原因ではないだろうか。
思えばここ2、3年くらい初詣に行っていなくて、その年はあまりいいことがない。
というかいいことないだけならまだましだが、ひらがなだらけだが、よくないことがある。

僕は宗教に関心がなく無神論者であるので、初詣なんかあまり重要視しないし、その他の宗教的行事も特に何もしない。
クリスマスだって鶏肉とかケーキくらいは食うが(いっぱい売ってるからな)、別に祝ったりはしない。
僕が信じているのは神の力なんかではなく、自分の力なんだ。
とか何とか言って、"あえて"初詣に行かないから災いが起こるのかもしれない。
初詣は日本人として行くのが当然であって、行かない奴は何か特別な意図があると考えられるのかもしれない。
そう考えると僕は社会に対して反抗していることになる。

そもそも「今年はいい年になるかなぁ」なんて言っているけど、何も誰かが勝手に決めた万人に共通するような「一年」「365日」という単位で区切って考えなくても、自分の調子の波というものを単位にして区切ればそれでいいではないか。
と、もはや太陽暦にまで反抗するような思想を少しでも持っているということが僕の頭をおかしくしているわけで、災いの原因もそれかもしれない。

僕の頭がおかしいので、それにより自ら災いを招いているのだ。

ところでそろそろラーメン二郎食いたくねえか??

1867

2008.07.09

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窓から外を何となく眺めていたら、少し遠くのマンションのカーテンが偶然開いていて、その中で暮らす人の営みが気になって見入ってしまう。

という話の小説を次は書いてみようと構想を練っていたら、いつの間にか先生と生徒のいけない関係がストーリーのメインになってしまって、ストーリー性が強すぎるのでやめた。
というわけで誰かそのテーマで小説書いてくれ。

僕はあまり激しく話が展開していく小説は好きでないのだ。
最近読んだ中では、田山花袋の『蒲団』がすごく僕の好みだった。
今からあらすじを書くので、これから『蒲団』を読みたいと思っている人はこの先読まない方がいい。
作家のもとに弟子入りする若くて綺麗でハイカラな女。
師は家族がいるのにもかかわらずその魅力にとりつかれる。
女には恋人が出来るのを、彼は一人の男としては阻止したいと思いながらも、師として応援しなければならない。
二人の恋がエスカレートするのを見兼ねて、師は女を自宅から追い出して国へ帰す。
その後彼は女の使っていた蒲団の匂いをかぎ…
というような話。

難しい話は一つもなく、純粋な印象が残る。
あとがき、というか解説は読むと萎えるので読まない方がいい。
あとがきを読むと今度は島崎籐村の『破戒』を読みたくなる。

しかし僕はその前に夏目漱石の後期三部作『彼岸過迄』、『行人』、『こころ』を読まなくちゃならない!
武者小路実篤の『友情』も、太宰治の『人間失格』(2回目)も待っている!

ああ、テスト早く終わってくれ

前々から言ってること

2008.07.07

category : 独り言

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少し考えればわかることだが、美しいことと綺麗であることは違う。
綺麗だからといって必ずしも美しいとは限らないし、美しいからといって必ずしも綺麗だとは限らない。
そもそも綺麗かどうかは目で、美しいかどうかは心で判断するものだから、混同しようがないものだと思う。
同じ物差しではかることが出来ないものをどうして同じような意味で使ってしまうのか。
意味が違うからわざわざ違う2つの言葉に分けているというのに、英語にすると"Beautiful"という一つの単語にまとめられてしまう。
これはゆゆしき事態である。

"綺麗な"ものは一人の人が綺麗だと思えばだいたいの人が綺麗だと思うから、"美しい"ものに比べると共通性、普遍性の高い概念だと思う。
"美しい"ものは完全に人の価値観に委ねられるから、絶対的に・普遍的に美しいものなんてないと思う。
だから僕は美しいものの方が好きだし、綺麗でいるより美しくありたいと思うのだ。

そのニュアンスの違いを意識して言葉を使ってほしい!
今日はそういう話。

お葬式

2008.07.07

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 立川先生が交通事故で亡くなった、というメールが来た。元2年A組の人も結構来るから、お前も葬式に出ろと。僕が社会人になって2年目の5月のことだ。
 高校のことなんてほとんど覚えていない。立川先生・・・そんな奴いたなあ。というか担任だったなぁ。立川先生は若くて熱心で生徒から人気のある先生だった。僕は逆に、人気があったからこそ彼が好きではなかった。どうでもいいと思っていた。この人がもし死んでも、この先僕の人生が変わってしまうようなことはないな、と高校時代から思っていた。
 こうして実際死なれてみても、別にどうこう思うわけでもなく、葬式なんか行かなくったって変わらないじゃないかと思うだけである。葬式に行くということは千葉に帰らなくてはならないということである。首都圏だから、遠くて行けないということはないのだが、仕事を休まなくてはいけない。果たして彼の葬式に行くということは、仕事を休んでまで行くだけの価値があるんだろうか。先生が生きていれば「僕の葬式なんかいいから、真面目に仕事をやりなさい」とかなんとか言ってくれそうである。
 
 結局僕は有給をとって千葉に帰ることにした。実は最近仕事が忙しくなってきていて、それに相変わらず同僚と打ち解けることが出来ずにただただストレスを溜め込む毎日を送っていたのだ。葬式を口実に休養をとれるならいい機会ではないか、ということで行くことにした。
 電車の中では仕事のことも立川先生のこともすっかり忘れて外の風景を満喫していた。しかし目的地が近づくにつれてだんだん気分が憂鬱になっていくのがわかった。高校の時のクラスメートに会わなくちゃならないのだ、しかもあの重苦しくて暗い雰囲気に包まれながら、そう考えると今さらながらに億劫になった。

 葬式の参列者は、僕が思っていたほど多くはなかった。2-Aの連中はほとんど来るから、もし来なかったらお前はKYな!というニュアンスの文章だったからここまで来たのに、実際に来ていたのは僕を含めて7人だった。まあそれでも多いほうなのだろう、みんな社会人でそう簡単に休みがとれるはずもないのだ。
「おお、久しぶりだな」
というセリフは字面だけ見るといかにも愛想の良い挨拶という風に見えるが、実際にはシビアな顔をしながら静かな声で言っているから(しかも喪服で)、すごく心持が悪い。僕は、おお、とか何とか適当なことを言っておきながら、そいつが誰だったか必死に思い出そうとしていた。顔は確かに見たことある。そして僕が高校時代苦手だった奴、ということも覚えている。そいつが付き合っていた女の顔や声まで覚えている。ただ、名前が思い出せない。そのうち何でもいいやと思うようになって、式が始まった。
 葬式は本当に嫌いだ。作法をよく知らないし、知らないおばさんが厚化粧をして泣いているし、みんな着ている服が真っ黒だ。そして長い時間暗い顔をしながらじっとしていなくてはいけない。咳くらいならまだいいが、くしゃみは是非したくない。げっぷやおならはもってのほかである。僕はうつむいている間に会社のことを考えていて、帰ったら何から取り掛かればいいのかとか、謝るべき人に謝っていなかったことなどを頭に浮かべているうちに、さっきの男の名前を思い出した。佐伯だ。そして付き合っていた女は香苗だ。苗字は思い出せない。

 懐かしい人たちを見ているうちに、僕の記憶はだんだんよみがえってきた。そういえば立川先生はいい先生だったんだ。遅刻は大目にみてくれたし、先生の弁当を半分くらい食べちゃってもあまり怒らなかった。早いうちから進路相談をしてくれた(向こうから勝手に、だが)し、何故かは忘れたが酒をおごってもらったこともあった。そしてこれも向こうから勝手に、だが、僕が佐伯にいじめられたときにかばってくれた。当時はみっともないからすごく嫌だったけど、今になって考えてみるとそこまでしてくれる先生ってなかなかいない。僕はこの時点で、佐伯は僕をいじめていたから苦手な奴というイメージが残っていたのか、とわかった。何だか知らないけど香苗まで僕に意地悪をするもんだから非常に腹立たしかった。お前ら昼間はそうやって僕のことをいじめて、夜は二人でぶっちゅっちゅかよ。そう考えると悔しくて悔しくてたまらなかった。
 僕は香苗の親友の山村さんが好きだった。山村さんは香苗と一緒にいるといつもすごく楽しそうで、笑顔が素敵で、胸が揺れて、僕を惑わせた。香苗を完全に憎むことが出来なかったのはそこである。香苗がいたからこそ山村さんは笑顔でいて、胸を揺らしていたのだ。そして佐伯が香苗に潤されていたから、僕がいじめられるのも山村さんの笑顔のためなのだ、と思えていた。その若き敗北者の発想は、今考えてみるとバカバカしくて笑いがこみ上げてくる。
 夏休み前に、僕もそれまでどこにそんな勇気を隠し持っていたのかはわからないが突然山村さんに愛の告白をして、山村さんも何を思ってそう決断したのかはわからないが、OKしてくれた。僕は期せずして憧れの女の子と付き合うことが出来たのである。お互いのことをあまりよくは知らないが、クラスメートなので全く知らないということはなくて、そういう中途半端な状態で交際はスタートした。
 ところがそこから僕の幸せな日々が始まったかというとそういうわけではなく、付き合って4日目で僕らは別れた。きっかけは本当に些細なことだ。彼女がジャニーズについて楽しそうに話をしているのを見て、僕は
「そんなにジャニーズ好きなの?」
と言った。
「うん、大好きだよ」
当時の僕は嫉妬を隠しながらジャニーズを嫌っていた。
「ふーん、でも、世界中にはもっと素敵な音楽がたくさんあるよ?」
「ジャニーズ嫌いなの?」
「うん、だって大したことないじゃん」
まるで小学生みたいな言い分である。
「だったらあたしもうジャニーズ聴かない、その代わり"もっと素敵な音楽"を教えて」
僕はこれに腹が立ったのである。
「ねえ、それくらいでジャニーズ聴かないなんて言っていいの?さっきジャニーズ大好きって言ったよね?山村さんは(下の名前で呼ぶのが恥ずかしくて苗字にさん付けで呼んでいた)僕の言葉の影響で自分の好きなもの犠牲にしちゃうの?」
「啓一くん(今まで一回も出てこなかったがこれが僕の名前である)のためだもん、啓一くんに嫌われたくないんだもん」
山村さんは僕のためならジャニーズのCDなんてどぶに捨ててやるなんて言い出すのである。僕は嬉しいような気持ち悪いような、何だかよくわからなくなった。この女はこれだけルックスが良くて性格も明るいのに、何のために生きているんだろうかと思った。これだけが原因というわけではなくて、その他にも小さな原因となるものはいくつかあったが忘れてしまった。そして僕の方から別れを切り出して、それからは一言も交わさなくなった。そして僕はというとそれから誰とも付き合っていない。
 あれは恋愛だったのだろうか。佐伯と香苗のような華やかで人から憧れられるような関係であったといえるのだろうか。確かに山村さんは僕の彼女ではあったが、恋人ではなかった。それを僕は今まで彼女の責任と考えていた。彼女の生き方がどうしても軽いように感じられて、向こうが悪いとばかり思っていたが、冷静に考えてみたら僕の言ってることはむちゃくちゃじゃないか。山村さんにはかわいそうなことをした。まあかわいいから僕なんかいなくても勝手に幸せになっちゃうんだろうけど。

 その山村さんが、僕の前の席にいる。僕は少し緊張したが、あまり意識しないようにした。

 葬式のもう一つの嫌いなところは、会食である。主催者が、参列してくれた人に精進料理を振舞うのである。そこではさっきまでの重々しい空気はどこへやら、さっき流した涙のことなどすっかり忘れてみんな世間話をしながら飯を食うのである。しかも今時は精進料理ではなく普通に肉も出る。それが結構うまい。何故僕が今このうまい飯を食えるのかと考えると、それは元を辿れば立川先生が死んだからであって、それを考えると立川先生に申し訳ない気がしてきた。周りは会話を楽しんでいるように見える。喪服なのに。すごく気分が悪い。
 赤ちゃんがジュースをこぼしてしまって、厚化粧のお母さんが大声で「あら大変」などと言いながらあせってその処理をする。その周りにいた親戚やら何やらもタオルで床を拭いたりして騒いでいる。僕の周りには元クラスメートが集まっていて昔の話で盛り上がっている。当然明るい山村さんも会話に入っている。初めは立川先生の思い出話から入ったのだがいつの間にかやれ誰が付き合っただの誰が二股かけただのくだらない話で盛り上がるようになって、僕は外を見ながら心の中で先生に謝った。こういう状況を昔は「くだらないから会話に入りたくない」と名づけていたのだが、つい最近になってそうではなくて「僕にはコミュニケーション能力が不足していて会話に入ることが不可能なのだ」ということが判明した。そんなことはどっちだっていいのだが、とにかく輪に入りたくなかった。彼らも僕を輪の中に入れようとはしなかった。
 輪に入れないからと言って他に誰か知り合いがいるわけでもないので、僕は外の空気を吸うことにした。しばらく屋外で酸素を大量に吸引してリラックスしていると、山村さんが出てきた。
「啓一くん、久しぶりだね。覚えてる?」
「あ、ああ。久しぶり」
「さっきも話題になってたけどさあ、立川先生って本当にいい先生だったよねえ」
嫌だ。何を話したらいいんだろう。誰とも話さなくてもいいように外に出たのに、これではしっちゃかめっちゃかである。その後世間話が少し続くわけだが、何を話したのかよく覚えていない。話を要約すると僕と仲良くしたいらしい。それにしても彼女は相変わらず感じのいいしゃべり方をする。
 僕は高校の時から一段と魅力的になった彼女とメールアドレスを交換して、また中へと戻った。元クラスメートたちは酔っ払っていた。何故この席で酒が出るんだ。そして何故こいつらはビールくらいで酔うんだ。そこだけ完全に同窓会状態になっていて、しかも二次会をやるというような話になっていた。僕は本当に先生に対して申し訳ないと思った。確かに彼らの方が僕より当時は先生のことが好きだったし信頼していた。僕はまったく興味がなかったけど、今になってこの状況を見ると泣きたい気持ちになってくる。葬式に二次会なんて。


 僕は精神的なダメージを抱えたまま仕事に戻った。山村さんはアドレスを交換したのにもかかわらずメールを送ってこなかった。僕の陰鬱な日々がまた始まった。

 6月の半ば、突然山村さんからメールが来た。一緒に食事でもどう?という内容だった。僕は当然気が進まなかった。僕は葬式のときに見たんだ。彼女が指輪をはめているのを。彼女には大切な人がいるはずなのだ。では何故僕と食事を?本当に仲良くしたいのか?ただ、友達としてか?昔数日間だけ付き合った人とわざわざ友達に?とにかく気分が悪かった。
 当日、また何の意味も価値も持たない世間話を永遠と繰り広げながら、彼女は最後にわりと大事なことを言った。彼女は僕ともう一度、お友達からでいいから仲良くしたいのだと。そのとき彼女の左薬指を見ると、指輪はなかった。


 僕は今後近いうちにまたこの美しい女性と付き合うことになるのだと思った。第三者の視点から見て、僕には断る理由がなかった。彼女は僕に好感を持っている。僕は若くて綺麗な女の子とセックスをしたいと思っている。それだけでこの恋は成り立つのだと確信した。ただ・・・付き合うきっかけが立川先生の葬式かと思うと、気分が重くなる。人の死がもたらした恋で、人は幸せになんかなれっこない。彼女が幸せを噛みしめることが出来るにしても、その間に僕は何かを背負っていかなければいけない。しかも彼女にそれに気付かれないようにしなくてはいけないのである。僕が幸せになんかなれるわけがない。たとえ山村さんとセックスする権利を得たとしても、だ。ああ、死にたい。この重責から逃れたい。


 僕と山村さんの暑い夏が始まる。

恐怖に裏打ちされた存在

2008.07.03

category : 独り言

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今日は書きたいことがあってこのブログを書いている。

お友達バンド、THE HEARTACHERSのライブを観に新宿に行った。
全体的に見て予想していたよりもかなり良くて、演奏も上手くなっていたし曲もよかった。
あれ、ハーテイカーズってこんないいバンドだったっけ、と思わせるような、そんなステージだった。
言いたかったことはそれではない。

彼らの対バンがかっこよくて、特に最後のSuzie Qという女子高生のローリング・ストーンズなロックンロールバンドが圧巻!
言いたかったことはそれでもない。

日大二高F研の後輩であるカキヌマくんと少し仲良くなれた!
ということでも、
この日1日の間に3人もの人とアドレスを交換した!
ということでもない。

帰りの電車のことである。
この日僕は学校から直接向かうため京王線を使った。
そして自転車の関係で、帰りも府中まで京王線を使わなければいけなかった。
ライブ終了後に僕はハーテイカーズのメンバーやカキヌマくんとラーメンを食べた。
京王線の終電の早さはコアな京王ファンには有名な話だが、僕は何といっても生まれも育ちも中央線というチャキチャキの中央っ子なので、そんな話はきいたこともなく、ぶったまげたのである。
で、00:18の終電に間に合うようにメンバー達にも早めに店を出てもらって、僕は難なく終電の2本前の電車に乗ることに成功したのである。
僕は遅くとも終電に間に合うように帰る能力に長けている。
それは例えば飲み会でみんながオールしようという空気を醸し出している時に発揮される。
僕はAKY(あえて空気読まない)に見せ掛けて、実はただのKY(空気読めない)であり、僕一人であろうとなかろうと終電までには帰るのだ。
書きたかったことというのはこれでもない。

その帰りの電車が下高井戸という駅に着いた時である。
僕は確信した。
今日僕がブログに書くネタはこれだ、と。
これしかないんだ、と。
僕は日本人の曖昧さを好む性格が頭に来るんだ。
中途半端なことに対する異常なまでの執着心にはもううんざりである。
その性格が顕著にあらわれているのが、この「下高井戸」である。
下なのか、高いのかはっきりしろと!
「いやいやお兄さん何をおっしゃるんですか、確かに下ではあるんですが、でも高いんでやんすよ!」
その絶妙なバランスが大事なんだ、みたいなよくわからない姿勢が嫌いだ。
下なら低い!
高いなら上!

というようなことを書いたら、少しは面白くなるんじゃないだろうかと思い、実際はそれほど気になるものでもないけどこれを書こうと思ったのだ。
これが当初僕が書こうとしていたことだが、あるアクシデントによって僕は違うことをメインに書くことになった。

問題は僕が乗った電車と、今一つ素直になれない京王線である。
電車は調布でずいぶん長い間停まっていたし、快速に乗ったはずなのに後から来た電車の待ち合わせをして抜かされたし、何か変だと思ったけどせっかく座れたんだからゆっくりこのまま座って帰ろうと思ったのだ。
僕はここで判断を誤ったのだ。
調布で、後から来た電車に乗り換えればよかったのだ。
数分後に電車は走りだしたかと思うと、次に停車した駅は東府中のはずが全然違う駅。
あれ、急に各停になったのかな。
そしてその2コ次の駅で僕は自分のミスに気付く。
あ、これ調布から路線変わったのか!
僕が新宿から乗ったのは終電の2コ前の電車。
つまり僕が調布に戻るより先にその電車が調布を通り過ぎていたら僕は帰れない!
終電間に合い男、ピンチ。
とりあえず反対側のホームに行って調布に戻らなくては。
しかし反対側のホームは真っ暗。
あ、終電なくなったのか。
帰れないや。
ここは…京王よみうりランド??
どうやって帰ればいいのか。
とりあえず京王線の近くだから京王バス走ってるだろうという僕の淡い期待は、現在0:50であるという事実によって打ち砕かれた。
とりあえず駅の外に出ようとすると、プチアクシデント!
新宿から府中までの電車賃270円では足りないという!
ここで精算の必要性が出てくるわけである。
しかしこの時点で所持金わずか300円足らず。
ここで、もし精算のお金が払えなければ駅から出ることすら出来ず、当然電車もないから移動することも出来ず、駅構内で始発を待とうの会を独りで開催しなければならないという危険を僕は覚悟した。
まあ本当のところを言うとそこまで頭が回らなくて、真っ先に精算機に向かったら不足金額が10円で「10円くらいまけろよな」って独りで(心の中で)言う大会を開催するだけで済んだわけだが。
見事駅からの脱出に成功した僕は、まず駅前のコンビニに寄ってお金をおろそうと考えた。
所持金300円足らずでは何も出来ない。
それから、もしかしたら父親が迎えに来てくれるかも知れないという期待を少し抱いた。
母親はさすがに寝ているが、父親はいつもこのくらいの時間に帰宅しているから、お酒が入っていなければ車で迎えに来てくれるかも知れない。
しかしここで新たな問題である。
携帯電話の電池があと一つしかないというプレッシャーである。
1日に3人もとアドレス交換なんかしたからだ。
一回のアドレス交換につき電池を一つ消費すると考えると、3人と交換したら電池は3つともなくなってしまうはずなのに、奇跡的に一つだけ残されていたということに対してはもはや感謝すべきことかも知れない。
まあこれも帰ってこられたからこそ言えるわけだが。

携帯電話が使えなくなるというリスクを背負った上で父親に電話したがいくら呼んでも出ない。
寝たのか。
ちっ。
ところで改札を出てからこの「ちっ」までの間に相当歩いたが、駅前なのにコンビニどころか光がない。
大きな道もない。
これはさすがに焦る。
コンビニさえあれば!
金がどうにかなって携帯電話の充電もどうにかなるというのに!
いくらよみうりランドがあるからって、他に駅のまわりには何もいらないってことにはならないのではないか。
よみうりランドってそんなにすごいやつなのか。
小金井にだって長崎屋だけじゃなく西友もある。
小金井を例に出すのはおかしいな。
まあいい。

すると真っ暗な中からいきなり大きな道路が現れて、次にセブンイレブンが現れた。
おおセブンイレブン!
1年4ヶ月もの間働いてやったお礼に、ピンチの時に僕を助けてやろうというのである。
きっちり手数料210円をとられたものの、2万円もの現金を手にする。
ここがどこだか知らないが、2万円あればタクシーである程度のところまで行けるだろう。
僕はセブンイレブンの店員さんにタクシー会社の電話番号を教えてもらって、携帯電話に最後の力を振り絞ってもらってタクシーを呼んだ。
1人タクシーは初めてである。
僕「いやぁ京王線乗り慣れてなくて(毎日通学で使っているが)、終電逃しちゃったんすよー」
運「そうですかー、それはお気の毒様です」
僕「大惨事ですよまったく」
運「どちらに行ってらしたんですか」
僕「今日はね、友達のライブを観に新宿まで行ってたんです」
運「へえ、ライブですか、有名なんですか」
僕「いやいや、全然有名じゃないですよ、でも、僕もバンドやってるんですけど、僕のライブにも遊びに来てくれるんで、お互い様なんです(意味不明な日本語)」
運「へえ、お兄さんもバンドやってるんですか、どんなジャンルをやるんですか」
僕「僕は60年代のいわゆるロックンロールが好きなんで」
運「へえ、若いのに渋いですね!」
僕「はは、よく言われますけどね」
運「僕も若い頃キャロルに憧れてバンドを組んだことがあったんですよ」
僕「え、本当ですか!?」
と興味を示しているように見えるかも知れないが、僕が一番気になっていたのは料金のメーターである。
あれが増えていく様子は本当に恐ろしい。
しかし真夜中の独りタクシーの運転手との会話は初めての経験で価値のあるものだったし、まあその経験を3500円で買ったと思えば少し高い買い物をしたのとあまり変わらないと思えた。
で、ようやく府中にたどり着き、見事自転車で帰宅を果たしたのである。

ちなみにタクシー内での会話のくだりはまったくの嘘で、実際は何の会話もしていない。
バカ高い買い物である。

☆★☆★☆★☆
と☆こ☆ろ☆で
☆★☆★☆★☆
ここ2週間以上女の子からメールを受信していないという事実に気がついた。
いくら女の子にもてない僕でも、ここまではちょっと珍しい。
というかここ1ヶ月のあいだに受信したメールのほとんどは平田からである。
女の子にはこちらから送っても100%の確率で無視されることがわかっているから、例え事務的な質問メールであっても送信がためらわれる。
送るのが怖い。
送られてくるのも怖い。

あれ、女性恐怖症の人と変わらなくね??
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