名も無きブログ

音楽×自転車×雨=ひが

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おそるべし

2009.03.30

category : 独り言

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効果測定という、検定を受ける為に合格点をもらわなくてはいけないテストみたいなものがあって、仮免のときは3回目にしてようやく受かったのだが(まあ勉強しなかったのが悪いんだけど)、卒業検定前の今回は一発合格した。
明日、卒業検定の予定である。
そう、僕はついに卒業して大人の男への一歩を今まさに踏み出そうとしているのである。

で、THE MUSICIANSは今年の1月に活動休止を発表したばかりだったのだが、今日3月30日月曜日、友人でありTHE TOURISTSのバンドメンバーであるユーキのバースデーライブに、出演することに昨日決まったのである。
一夜限りの復活、的なノリか。

で、4月2日、僕は大学3年生生活の充実をかけた「ゼミの面接」を迎える。
知っている人は知っていると思うが、僕は陰謀によりゼミの試験に2回も落ちたことになっているのだ。

で、4月7日から9日にかけて僕は秋田の祖母の家に行こうとしている。
この旅が僕にもたらす影響といえば、おばあちゃんの居酒屋の手伝いが主な目的なので、居酒屋でバイトしていたときのことを思い出したり思い出さなかったり、といったところだろうか。
この旅までに試験を受けて免許を取得したい。
秋田で運転するわけではない。

3年生から新たにサークルに入ろうかと迷っているんだが、ちょっと面倒くさい気もする。



とまあそんな感じの春。
季節が変わるたびに一年前の今頃きいていた音楽を懐かしむことがよくあるけど、去年の今頃はAC/DCのHIGHWAY TO HELLとかTHE WHOのTOMMYとか聴いてました。
今年はAC/DCのBACK IN BLACKとかUNICORNのシャンブルとか聴いてます。
あまり変化ないすね。
でもハードロックはもういいかみたいな感じ。
キンクスのパイ後期みたいなミーハーなのがほしいかな。
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福神漬はどこにある

2009.03.28

category : 独り言

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ちょっとした事情があっておつかいを頼まれ、近所のコープで買い物をした。
買う物は、人参、玉ねぎ、福神漬、カレールー、緑茶。
このヒントで今夜の我が家の食事が何であるか、容易に想像がつくだろう。
そう、答えはカレーだ。
ただし緑茶は隠し味とかいう使い方をするのではなく、普通に飲むためである。

しかしその問題の答えは簡単であっても、あの広いスーパーの中でわずか幅15センチ程度の福神漬の場所を見つけるのは、僕にとって至難のわざだったのである。
一般的に男性は女性と比べて物を探す能力が劣っていると言われているが、僕もその一般法則に逆らうことなく、探すのが下手くそな人種のうちの一人なのである。

一体福神漬はどこにあるのか。
スーパーの中をうろつき回っていても、いたずらに時間は過ぎていくばかりである。
しかも、他の買い物客に自分が福神漬を探していることがわからないように探さなければならないのだ。
何故なら福神漬を必死に探し回る姿は傍から見たらチョット恥ずかしいからである。

そうしてスーパーの中をまわって、3周目に取り掛かろうかというところでついに福神漬を発見した。
これでやっと福神漬の乗ったおいしいカレーが食べられる、と安堵した。
福神漬はカレールーの近くにあるのではない、ということを僕は学習したのだ。
漬物コーナーがもっと早い段階で見つかっていたら、これほどスーパーをぐるぐるする必要はなかったのに。

友だちのうちはどこ?

2009.03.27

category : 独り言

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「友だちのうちはどこ?」
というイラン映画を観た。
友だちのノートを間違えて持って帰ってしまった男の子の話だ。
ノートがないと宿題が出来ない、宿題が出来ないと退学になってしまう、ということで友だちのためにうちにノートを返しに行こうとするのだが友だちのうちがどこだかわからない・・・。

大人の教育が厳しくて、子供はみな大人の言うことを素直に聞いている。
大人は「まず宿題をやれ」だの「パンを買って来い」だの「煙草を取って来い」などと言って、子供に大人の言うことを素直に聞かせるしつけをしようとするのだが(結構むちゃくちゃな論理だ)、子供には子供の事情ってもんがあるのだ。
子供は大人が思っている以上に大人であることが多い。

見たことはないけど、「運動靴と赤い金魚」という有名なイラン映画と同じようなノリじゃないだろうか。
シンプル!
子供の純朴さが美しい。
日本の子供と比べると・・・まあ比べない方がいいか。

イランってどこにあるんだかわからないけど美形だな。
ダルビッシュとか

あなたが私にくれた物

2009.03.22

category : 独り言

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というわけで、見事仮免に合格した。
僕は努力の人間ではなく、したがって大人の人や世間あるいは社会というものに認められるための術も知らず、それにがっつくことをよしとしないので、まだ仮免ではあるが、一応正常な社会に少し認められた、ということになり少し安心している。
僕もこの世の中で生きても良いのかと。

という感覚はなかなか分かりにくいものなのかもしれないが、とにかく僕は無駄に肩身の狭い思いをしながら生きているような人種の類なのである。
こういう孤独気取りあるいは変人気取り野郎は、一般的に「ダルい奴」と言われるが、僕はなるべくダルいと言われないように日々気を付けている。

免許が人生において価値観を大きく変えるような存在になるとは到底思えないが、少なくともここ十日間ほどで自転車の乗り方は変わったと思う。
まあ僕は人生に何かプラスの影響を与えようというつもりで教習所に通っているわけではなく、ただ単にドライブがしたいのだ。
カーオーディオでお気に入りのドライブチューンをかけながら、海岸を走ったり、アメリカのハイウェイみたいな道を快走するのだ。

ドライブチューンと言ったら何がいいだろう。
順当にここはディープ・パープルだとかAC/DCとかいったハードロックをかけるべきだ。
パフィーや奥田民生も外せない。
「サーキットの娘」と「イージュー★ライダー」はテッパンね。
ストーンズのスティッキー・フィンガーズでのんびりもいい。
海岸沿いではベタにビーチ・ボーイズとかベンチャーズ、サザンも悪くない。
同乗者には申し訳ないが、僕の趣味を押しつけさせてほしい。

夢は広がる。

これが文系の頭

2009.03.22

category : 独り言

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「いちたすいち」

「に」
である。

二十歳にもなった今だからこそついそう答えてしまうけれど、果たしてそれは本当に正しいことだろうか。

確かに僕たちは小学生の時、「1+1=2」であると教わった。
「ここにりんごがひとつあります、もうひとつりんごをもってくると、さああわせていくつになるでしょう」
と聞かれて、
「ふたつ~~!」
と答える、というようなくだりを誰でもやったはずだ。
しかし「1+1=2」に違いないが、「りんごひとつとりんごもうひとつをあわせてりんごふたつ」というのは必ずしも正解ではない。
もうひとつ追加したりんごが傷だらけだったら、商品価値はなくなる。
農家のおじさんは業者にりんごをひとつだけしか買ってもらえないだろう。
商品価値という観点から見ると「りんごひとつとりんごもうひとつをあわせてりんごひとつ」になるのだ。
もうひとつ追加したりんごの種を植えて育てたらりんごが倍増しちゃいました、なんていう少々強引な屁理屈だってできる。

しかし学校のテストではそういう屁理屈は通用しない。
ひとつのものにひとつを足すとふたつになるのが正解であって、それ以外は不正解だ。
どんな屁理屈を並べても、いくつ屁理屈を並べても、「1+1=2」が正しくてそれ以外は間違っているのだ。

算数的・数学的に見てみると確かに「1+1=2」なのである。
「1+1=2」が正しいのが数学という学問であり、それが前提でないと、何もできなくなってしまうのが数学なのだ。
「1+1は2じゃないかもしれない」なんて言ったら、因数分解も微分積分もできない。
「1+1」が「2」になる、ということをあらかじめ決め付けてしまった方が、物事を考える時に便利だから、こういうルールを作ったのである。

しかし「1+1」が必ず「2」になるのは算数や数学においての話である。
それ以外の場面においてこの概念が根付くことは、見逃していいことなのだろうか。
「いちたすいちは?」と聞かれて、反射的に、常識的に「2」と答えてしまうのは、完全に学校で習った算数や数学の思考を優先的に用いているからである。
だが「いちたすいち」は無条件に「に」になるのではない。
「に」になるのは算数・数学の思考においての話だ。
実際の世の中では「いちたすいち」が「いち」になることも「さん」以上になることも多々ある。
「いち」より「に」の方が大きい、小さいより大きい方がいい、そういうことをプログラミングのように教育していくから、「貧乏より金持ちの方がいいに決まっている」というような発想が何の迷いもなく出てくるのではないだろうか。
30本シュートを打ってひとつもゴールに入らなかったチームより、シュートをひとつも打たなかったが相手のミスで一点入れたチームの方が強いのだと、「0対1」という点数だけ見て言い切れるのか。

「1+1=2」だという授業ももちろん必要だが、「1+1は2じゃないかもしれないよ」という授業もあった方が、より物事を多角的にとらえることができるようになるのではないか。
「1+1は2とは限らない」ということを先生が教える授業ではなく、「どういう時に1+1は2ではないのか」を生徒に尋ねる授業だ。

世の中にそういう発想のできる人間がもっと増えてくれないと、僕はいつまでもただの「屁理屈人間」でなければならなくなるのだ。

ばばば

2009.03.19

category : 独り言

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人にあまり惑わされないようにした方がいいかもしれない。
僕の場合人に影響を受けるとそれだけで不安になり、自分は今のままでいいのかという気持ちになるけど、多くの人から浴びるように意見を聴く、よりも自分から求めていった方が性に合う。
そんな気がする。
それが弱い人間なのか強い人間なのかわからないけれど、僕はそうだ。

自分を捨てるな、とはそういうようなことに似ているのではなかったのか。

ヘンズツウ

2009.03.18

category : 独り言

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ヘンズツウって、変な頭痛のことじゃないんですね。

あー、頭の頭痛が痛い。
試験に受からない。

でぃすいず

2009.03.18

category : 独り言

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そうか、僕は意味のあることをしたいのか。
意味のあることとは何なのか。
シュウカツにつながることが意味のあること、というわけではない。
シュウカツにつながるかどうかは、オマケ的な要素であって、自分が満足できるかどうかを基準に考えなくてはならない。
僕は音楽が好きだ。
旅も好きだ。
文を書くのも好きだ。
絵を描くのも好きだ。
変に意識しなければ人と話すのもたまに好きだ。
だじゃれを言うのも好きだ。
人を笑わせるのも好きだ。
何か創ることも好きだ。
だがこれらを集中的に継続していても、結局は内向的になるばかりで堂々巡りなんである。
内向的なのを直したいのに!
しかもこれらはシュウカツを少しでも意識したとたん楽しくなくなってしまう。
シュウカツなんて嫌だ。
どうして企業は新卒しか採らないのだ。

僕はわりと真面目だが根性なしで、わりと正直だが突飛で、わりと器用だが要領が悪い。
だから自分のことを考えるとよくわからない。
使える奴なんだか使えない奴なんだか。

ブライアン

2009.03.16

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AC/DCの"Back In Black"が、世界でスリラーの次に売れたアルバムだったとは。
"Back In Black"が「喪服着て戻ってくる」という意味だったとは。
ボン・スコットがゲロを喉につまらせて死んだとは。
知らなかったぞー。

ついに手に入れたわけだけど、何故評価が分かれるのかわからない。
世界は、ロックは、あれを求めていたんじゃないのか。
"Highway To Hell"みたいなパンクみたいな感じが抜けて、よりヘビーになって好き。

あと、"Whole Lotta Rosie"がデカイ女の歌だったとは。
"Live"の中のライブの写真にでっかく出てる風船のデカイおばちゃんはRosieだったのね。
Never Had Woman
Never Had Woman Like You!

変な気分

2009.03.16

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学校の先生は、時に間違ったことを教えたり正解のないものまで教えちゃったりする。
それに学校へ行くことは社会的に見れば半強制的なものだから、先生に逆らうことができる。

しかし教習所の教官はそれと違って、教えることのすべてが正解であり、必要なことである。
それに教習所に通うことは、社会的に必要とされていることではなく、自ら進んで金を出して通うものである。
だから眉毛を剃ったヤンキーのような輩だって教官には逆らわないし、もちろん僕も逆らえない。

つまり教えられたことと違うことをすれば絶対的に僕が間違っているということになるのだ。
言い訳をする余地も与えられないのだから、これはストレスがたまる。
教官は悪くない。
僕が悪いのだ。
そうでしかない。

春の陽気で風が気持ちいいのに、運転が下手なのでかえってストレスがたまるのだ。
変な気分だ。

ニューヨーク

2009.03.12

category : 独り言

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近年音楽は腐敗しきっている。
もう、目もあてられない。
ジャニーズとかコブクロとか、好きな人いるんだからええやんと言うかもしれないけど、それは犬のウンコ食って「結構ウマイじゃん」と言うのと変わりないのである。
ウマイかどうかは人の好みだが、ウンコであるという事実は曲げられないのだ。

昨年のAC/DCの「Black Ice」が日本でそこそこヒットしたのには安心した。
それからフーの来日で、日本であれほど騒がれたのにも安心した。
今年UNICORNの「シャンブル」がダントツ一位をとって、ツアーチケットもすべて売り切れてしまった、ということにも安心した。

僕はウンコ食って成長したいとは思わない。
やはりそれなりに評価の高いグループを食って吸収したい。
ここ数日はスモール・フェイセズばかりだ。
あと僕は何を聴こうかな。

堅実な人生なんてつまらない

2009.03.11

category : 独り言

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堅実な人生なんてつまらない

と思いたい気持ちはやまやまだが、危ない人生が楽しいかどうかはわからない。
極端な話で言えば、「俺は毎日コンピュータに向かってるサラリーマンなんかより、ガラクタ売ってる方が楽しいんじゃい」とか何とか言って不安定な生活を好むことができるかどうかの問題だ。
それもやはり「心の余裕」次第ということか。
今回は収入の多さの話ではなく、安定の話だ。
「そりゃ安定してる方が絶対いいっしょ!」と鼻で笑うような人種が僕は嫌いなのだが、僕は心に余裕があるとは言えないのでやはり危ない人生は避けたい。
「安定している方がいいに決まっているので」、ではなくて、「不安定は怖いので」、という理由で僕は安定志向に傾いている。

「安定絶対」人間は、自分は世の中のすべてもしくはおおよそを知ったものと勘違いして「安定がいいに決まってる」と諦めて(諦めていることには気付かず)、価値観を閉じ込めているようだ。
「安定」=「大人」=「いい」
と思っている人間は、やはり僕はとっちめてやりたいと思う。
僕が今後、何ヵ月、何年、何十年とかけて、経験から「安定絶対」人間になるかもしれない。
しかし「大人に教わった」とか「テレビが言ってた」とか「20年生きればわかるっしょ」というバカな理由で「安定絶対」人間になったような者は、僕はとっちめてやりたい。

安定が悪いことではないんだ。
だいたいの大人が人生の終わりぎわに「安定した人生を送れ」と言い残して逝くんだから、悪いことではないんだろう。
でもそれを素直に信じてしまうのはどうもカッコ悪いので、自分で確かめるべきだと思う。
究極の話をすれば、安定がいいかどうかなんて自分で生きて死んでみないとわからないことなんだ。
ただ僕は、多くの人がそうであるようにやはり怖いので、価値観が「安定」と「不安定」の間で揺れ動いている状態なのだ。
きっとまた価値観はコロコロ変わるんだ。
それは、カレー食べたい日があればラーメン食べたい日もある、というようなもんだ。

違うな

九死に一生

2009.03.09

category : 独り言

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何と、自転車で転んだ。
坂道を下る途中、かごの荷物が風で落ちそうになったので慌てて右手でブレーキを握り、左手で荷物を押さえたところ、草木に突っ込んだ。
女性にはわからないかもしれないが、これは息子が生命の危機に立たされる大事故なのである。
しかしさすがは僕のたまちゃん、見事に衝撃をかわして立派にぶらさがっている。
自転車とて侮れない、という教訓めいたものの類のつもりなんだろう、こんな大事故に巻き込まれるなんて。
明日から教習なのだ。
だから、事故が今日で良かったのだ。

という、ケツの痛みをポジティブにとらえる記事。

バッファロー'66

2009.03.04

category : 独り言

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音楽が好きな人は、本を読んだり映画を観たりすることも好きだったりする。
で僕はというと、音楽は好きだけど本や映画についてはあまりよくわからない。

でもケーブルテレビでたまにふっと見た映画が印象に残ったりする。
「あの頃ペニー・レインと」や「ノッティング・ヒルの恋人」はタイトルが気になって途中からだがケーブルテレビで観た。
そしてさっきまで僕が観ていたのは「バッファロー'66」。
刑務所から出て、両親に「女房を連れて行く」と宣言して通りすがりの女の子を拉致して妻のふりをさせるダメ男の話。
設定が変だけど展開もカメラワークも変で、シュール系の映画かと思いきや実はコメディらしい。
ラストシーンは「そういう終わり方でいいのか!?」と思ったけど、コメディというのならそれでいいかと思う。
コメディにしてはシュールだし、シュールにしてはコメディだし、シリアスとも病的ともいえない描き方なんだけどやってることは純粋な恋の物語。
ヴィンセント・ギャロというおっちゃんが監督・脚本・音楽・主演を務めたらしい。
すげぇぇぇぇぇぇ。

「小さな恋のメロディ」をもう一度ちゃんと観たい、と思う。
その前にTSUTAYAの会員カードを作りたいと思う。
そのために免許をとって身分証明できるものを作らなくちゃいけない。
教習は来週からか。

今日は楽しい

2009.03.04

category : 独り言

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その昔、あるところに一組の男女がおったそうな。
この二人はデートといえばお台場、下北沢、原宿と定番のスポットばかりで、もっと刺激的なデートコースはないだろうかと悩み模索しておったそうな。
そこで男は以前から自分の趣味であった「釣り」に女を誘ってみるのであった。
女は「釣りってつまらなそう」とぼやいたが、男は強引に女を連れてある川の上流近くまでやってきた。
男は慣れた手つきで、釣りの準備を始めた。
女はそれを見て、次第に少し興味を持つようになってきた。
女は、「釣りは意外と私に退屈させないものかもしれない」と期待をした。
男がそれほどわくわくしていたからである。

二人は竿を下ろした。
女は、釣りの間は二人で楽しい話をするものだとばかり思って男に話し掛けたが、男の方は釣りに集中したいのか静かにしたいそぶりである。
仕方なく女は静かに竿を眺めていることにした。
お昼になって、二人は一旦釣りを中断して女が気合いを入れて作ってきたお弁当を食べることにした。
普通ならここでいい雰囲気になるところだが、釣りの沈黙に慣れた二人は弁当を食べる時でも黙ったままだった。
その後釣りを再開してから、夕方になって男がようやく一匹魚を釣るまで、二人はお互いに一言も喋らなかった。
帰りぎわ、男が「いやぁ最後に一匹釣れて良かったねぇ」と言うと、女はついに怒りだして「どこが良かったのよ!全然喋りもせずぼーっと座ってるだけじゃない。散々待ってやっと一匹だけ?釣りなんて暇で退屈!もうやだ!」と言って一人で帰ってしまった。
男は何を失敗したのかわからなかった。
しかし男は悔しかったので、この思いを後に残そうと考えた。
そこで、「散々(33)」待たせたこの日を「ひまなつり」の日として、3月3日は必ずこの出来事を思い出すようにしたのだ。

3月3日に「ひまなつり」をするのはそこに由来しているのである。

西郷

2009.03.01

category : 独り言

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20090301074219
何度言ってもわからないようなので、もう一度言っておこう。
いいな、これが最後だ。
もう同じ過ちを二度と犯すんじゃないぞ。
よく聴け、僕は少年隊でもなければ喰いタンでも仕事人でもない。
したがってバック転はできないのだ。
一体、何度言ったらわかるというのだ。
僕はちょっと崩れた側転とキューピーちゃんの真似くらいしかできないんだぞ。

"Whole Lotta Rossie"を1日に5、6回聴いてたら僕はミュージシャンとしての自信を失った。
アンガス・ヤングに対して対抗意識を持つこと自体どうかしていたんだと思う。
僕はやっぱりミュージシャンよりキューピー向きなのだろう。
プロフィール

ひが

  • Author:ひが
  • The 新社会人

    怒濤のコンプライアンスでやんす
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